(古森 義久:日本戦略研究フォーラム顧問、産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
女性の権利はいまや全世界で主張され、男性との平等が当然視される。そんな潮流のなかで、いま世界でも最も苦しい思いをしているのはアフガニスタンの女性たちだろう。彼女たちの苦痛の悲鳴がいくつかの経路で外部世界に伝わってくる。各国のフェミニストたちにはぜひとも聞いてほしい悲鳴である。
アメリカのバイデン政権はアフガニスタン政策に大失敗した。2021年8月、アメリカに支援されてきたアフガニスタン・イスラム共和国の政府は一気に崩壊してしまった。替わってイスラム原理主義の政治勢力タリバンが復活した。
この政治の激変のなかで最も苦しんだのはアフガニスタンの女性たちだと言えるようだ。20年前にアメリカ支援のアフガン各勢力に撃退されたタリバンが今またアフガン国民に異様なほど厳格なイスラムの戒律を押しつけ始めた。
その新たな流れのなかでこれまで自由で男女同権を享受してきたアフガニスタンの女性たちが今や自由を奪われ、苦痛のなかにいる。社会での活動の自由はもちろん教育の権利や単独での外出の権利さえもイスラム原理主義のタリバン政権によって奪われるようになったのだ。
再び暗黒の時代に
私自身、アフガニスタンの現地でこのタリバンの女性抑圧がどれほど苛酷だったかを当事者たちから散々聞いた。2002年2月、反タリバン勢力と米軍の連携作戦で首都カブールを追われたタリバン政権崩壊直後の現地での1カ月ほどの取材体験だった。
それまで女性の基本的な権利はほぼすべてイスラムの原理主義的な教理の下に奪われていた実態を、数えきれない男女から知らされた。男性の同伴があって初めて許される外出でも女性はブルカと呼ばれる頭から足首までの長いベール衣装の着用を強制されていた。ブルカは文字どおり女性の両目の部分が空いているだけの抑圧そのものの衣装だった。
私は当時、カブール市中心部で開かれた女性解放を祝う集会も目撃した。タリバン政権以前には医師、技師、ジャーナリスト、薬剤師、公務員など社会で活動していた職業女性たちの復帰の集まりだった。ブルカではなくカラフルな服装の女性たち200人ほどが集まっていた。それぞれがタリバンによる弾圧の被害を語っていた。
タリバン崩壊後に雑誌の編集長に復活したという女性は「私は社会で働いていたという理由だけでタリバンにムチ打ちの刑を受け、在宅を強いられた。暗黒の時代が終わった今はものすごく幸せだ」と熱を込めて語った。
ところがこの女性たちにその暗黒が戻ったのである。
「このままだと必ず懲罰を受ける」
アメリカの大手新聞ウォール・ストリート・ジャーナル(2021年12月31日付)がアフガニスタンの現地からの報道記事を載せていた。12月末といえば、タリバンの政権再奪取から4カ月ほど後である。
この記事は「アフガン元女性兵士 『私は怖い』 タリバン政権下で」という見出しだった。その主題は、アフガ二スタン北西部の都市へラートに住む28歳の女性がアフガニスタン共和国の国軍に勤務した経験のために、いまやタリバンから命を狙われることになり恐怖に怯えているという実態だった。
この記事はまずそのヘラートの女性について以下の骨子を報じていた。
アフガン国軍の士官を10年近く務めたジャミラ(仮名)はいまタリバンによる逮捕や処刑を恐れてヘラート市内を子供2人とともに転々としている。タリバンはかつての敵のアフガン国軍将兵を拘束し、懲罰する方針で、とくに女性の元将兵を憎み、その逮捕に力を注いでいるからだ。
ジャミラは「最近は毎日のように女性の元将兵が逮捕されて殺されたとか、そのまま行方不明になったという話を聞く。私もこのままだと必ず懲罰を受けるだろう。もうこの国には自分の将来はないが、パキンスタンやイランへの国外逃走も資金がなくて、できそうもない」と語った。
国外に退避したアフガニスタン共和国政府の女性問題担当副大臣のホスナ・ジャリル氏は、「タリバンは明らかに敵だったアフガン国軍将兵を長期拘束あるいは処刑にする方針を固めており、とくに女性の元将兵を標的としている」と述べた。アフガン国軍総数30万ほどのうち女性はわずか約6300人だったので、その追跡はわりに容易とみられる。だから毎日のように女性元将兵の処刑が伝えられるという。
以上のような状況だからジャミラという女性が恐怖におののくのも当然だと言えよう。タリバンによるこの種の人権弾圧、とくに女性への弾圧はアメリカ側や国際人権擁護機関の懸念を生んではいるが、実際にできることは少ないようだ。
切迫した危険に直面する元女性将兵
ウォール・ストリート・ジャーナルの同記事は以下の要旨も報じていた。
国際人権擁護組織の「人権ウォッチ」と国連は、2021年11月にタリバンがアフガン共和国軍の元将兵約100人以上を裁判なしに処刑した事実を確認し、抗議した。当時、タリバンは「報復の処刑はしない」と対外的に言明していた。
タリバンの2002年の政権崩壊以後、アフガニスタンでは合計350万人の女子が中等以上の教育に戻り、政府機関の職員の30%、国会議員の28%が女性というところまで女性の権利が認められた。だがタリバンはまたこの種の女性の進出を全面的に抑える措置を取り始めた。
こうした窮状のアフガニスタンの女性に対してアメリカの人道団体や国際関連機関が救出作戦を立て、とくに切迫した危険に直面するアフガン国軍の元女性将兵の救助も計画はされてはいるが、実効のある救出開始にはなかなか至っていない。
アフガニスタン国内と国外での救出の動きのこうした状況では、アフガン女性たち、とくに国軍に勤務したために今やタリバンから優先の標的とされる女性の元将兵たちの運命がすぐ目前に迫る危機に瀕しているのである。
[筆者プロフィール] 古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1981年、米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。1983年、毎日新聞東京本社政治編集委員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。
著書に、『危うし!日本の命運』『憲法が日本を亡ぼす』『なにがおかしいのか?朝日新聞』『米中対決の真実』『2014年の「米中」を読む(共著)』(海竜社)、『モンスターと化した韓国の奈落』『朝日新聞は日本の「宝」である』『オバマ大統領と日本の沈没』『自滅する中国 反撃する日本(共著)』(ビジネス社)、『いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ』(幻冬舎新書)、『「無法」中国との戦い方』『「中国の正体」を暴く』(小学館101新書)、『中・韓「反日ロビー」の実像』『迫りくる「米中新冷戦」』『トランプは中国の膨張を許さない!』(PHP研究所)等多数。
◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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