令和の社会・ニュース通信所

社会の出来事やニュースなどをブログに書いて発信していきます。あと、海外のニュースなども書いていきます。

    カテゴリ: 国内


    婚姻数が戦後初の50万組割れ 「お金がなければ…」若者が結婚しない切実な理由
    …【仕事力がアップする経済ノート】  先週(11月26日号)、2024年に生まれる日本人の子供の出生数70万人割れについて書いた。この取材の中で結婚、…
    (出典:)


    日本の婚姻数が50万組を割るというニュースは、社会的な課題を浮き彫りにしています。結婚という選択肢が経済的な条件に左右されるのは、非常に辛い現実です。しかし、幸せな家庭を築くためのサポートが整っていけば、少しずつ変わるかもしれません。

    1 首都圏の虎 ★ :2024/12/04(水) 08:51:59.10 ID:y9+sTxHZ9
    【仕事力がアップする経済ノート】

     先週(11月26日号)、2024年に生まれる日本人の子供の出生数70万人割れについて書いた。この取材の中で結婚、子育てで未婚の若い男女の意識・行動は大きく変化してきたことに驚いた。少子化に影響しているその背景を追取材した。

    「お金がなければ子供は産めない」。内閣府男女共同参画会議専門委員で、中央大学教授の山田昌弘氏が学生たちに「少子化問題」について尋ねると、男女とも同じ言葉が返ってきたという。とくに男子学生からは、

    「今後就職して普通の給与をもらっても、子供が2人いたら2人を大学に行かせることは無理。自分の給与では結婚もできないし、子供をつくることはさらに無理です」

    全文はソースで 最終更新:12/3(火) 9:06
    https://news.yahoo.co.jp/articles/93c39f143fc9a9315aaa9356062157cd97bdb5e4

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    交通事故防止には、個々の意識と行動が不可欠です。栃木県警が始めた「ウルトラハイビーム大作戦」は、明るいライトでの安全運転を促進し、地域全体の交通安全に寄与することでしょう。

    1 シャチ ★ :2024/12/03(火) 20:17:50.30 ID:VulifkL49
    栃木県内で11月23日から29日までに4件の交通死亡事故が発生し、4人が死亡したことを受け、県警察本部は「交通死亡事故多発警報」を発令し、事故防止を呼びかけていますが、12月1日から夕暮れや夜間の事故防止を啓発するため、幅広い世代に人気のウルトラヒーローを活用したキャンペーンを展開します。

    タイアップするのは「ウルトラセブン」と「ウルトラマンゼロ」で、「ウルトラハイビーム大作戦」と題して「原則ハイビーム」と「反射材の着用」を求めます。

    ポスターにウルトラヒーローをデザインする他、光に反射するウルトラヒーローのキーホルダーの配布なども行われ予定で、12月10日午後3時45分から県庁1階ロビーで出発式を行います。

    とちぎテレビ
    https://news.yahoo.co.jp/articles/96486d88049ddf01d8f6af08a299eec74ffda90a

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    昭和のプロ野球は、今では信じられないような「常識」がありましたね。タバコの煙が充満するバスで移動していた選手たちの姿は、当時の社会風潮を反映していたのでしょう。当時は今以上にストレスが多かった時代ただそれが普通だったのかもしれません。しかし、現在では選手の健康が第一とされ、タバコの煙は排除されています。時代と共に変わる価値観を感じます。

    時代が移り変わるにつれ、感覚が変化していくのは至極当然の話。昭和を生きていた人々からすれば、明治の文化・風習に違和感を持っていたのではないか。我々に置き換えれば、昭和時代では当たり前でも、今では非常識とされていることはいくつもある。具体的な例を挙げ、「Z世代の若者の反応を見る」なんて番組も珍しくない。

    本記事もそういった流れに乗って、牧歌的だった“昭和のプロ野球”を紹介していきたい。話を聞いたのが、元プロ野球選手の湯上谷宏氏(58歳)。同氏は、昭和59年1984年)のドラフト会議南海ホークスから2位指名でプロ野球の世界に入り、平成12年(2000年)に福岡ダイエーホークスを引退。その後、福岡ソフトバンクホークスコーチなどを歴任し、昨年まで社会人野球チームのコーチを務めた経歴を持つ人物。

    昭和から平成・令和と、3つの時代で野球にかかわってきた彼に、当時の出来事を振り返ってもらった。

    ◆移動は「タバコの煙が充満するバス」

    ――昭和と今で大きく違うもののひとつが喫煙環境かと思います。プロ野球の世界も以前は喫煙は当たり前でしたか?

    湯上谷宏(以下、湯上谷):そうですね。南海にいた頃は選手の半分くらいが喫煙者だった印象です。移動のバスでも。50人くらい乗っているうちの20〜30人が吸っていたので、車内は煙がモクモクしていました。

    ――当時は新幹線などでも喫煙OKでしたからね。吸わない人には辛い環境でしたよね。

    湯上谷:チームが南海からダイエーに変わって、西武ライオンズからトレードされてきた内山(智之)投手は、かなりタバコが嫌いでしたね。バスの一番後ろの席で窓を開け、ずっと外の空気を吸っていたのが印象に残っています。そういえば、バスの窓も今は開かないですね。

    ――今は移動のバスも禁煙が当たり前ですが、いつ頃変わったんですか?

    湯上谷:いきなり禁煙車になったわけではなく、過渡期がありましたよ。喫煙バスと禁煙バスの2台になったんです。ダイエー時代なので90年代半ばですね。

    ◆「任侠映画」を観て士気を高めていた?

    ――昭和らしいバス移動の思い出は他にありますか?

    湯上谷:車内のテレビではいつも、菅原文太さんや鶴田浩二さんが出ている、いわゆる「任侠映画」が流れていました(笑)。

    ――誰のチョイスなんですか?

    湯上谷:ベテランや主力選手のお好みをマネージャーが調べて、ビデオを借りてきてたみたいですよ。

    ――試合前に任侠映画だったんですね(笑)。

    湯上谷:僕ら若手は「あ〜、またはじまったよ〜」って眺めているだけでした。でも不思議なもので、なんとなく見ているだけでも闘争心が湧いてくるんですよ。プロ野球の試合も戦いですから、士気を高める効果もあったんでしょうね。

    ――確かに戦いのある映画を観終わった後は、強くなったような気持ちになりますね。

    湯上谷:これは推測なんですが、昭和のプロ野球選手の私服って、そういう映画の影響があるような気がします。スラックスにシャツを着て、首元や手首に貴金属ジャラジャラで、セカンドバッグを持つあの感じ。

    ◆みかん箱の上に立って「度胸をつける練習」

    ――今ではどの球団もやっていない、当時ならではのトレーニングはありますか?

    湯上谷:トレーニングじゃないけど、今考えるとおかしいなと思う声出しはありましたね。センターのフェンス前にみかん箱を置いて、その上に乗って大声を出す。

    ――なにが目的なんですか?

    湯上谷:大観衆の前で野球をするから、度胸をつけるという意味だと思います。ただ、それは建前で、先輩やコーチからの嫌がらせみたいなものでしょうけどね。

    ――どんな内容を大声で叫ぶんですか?

    湯上谷:百舌鳥大阪府堺市)にファームの球場があるときは、ライトスタンドの向こう側に団地が見えていたんですが、その団地に向かって叫ばされていました。「団地のみなさ〜ん! 今日はいいお天気ですね〜! 洗濯物もよく乾くでしょう〜!」とか(笑)。

    ――今なら普通に騒音問題になりますね(笑)。一人一回やらされるんですか?

    湯上谷:いえ、ホームベースのところにいるコーチが手で◯(まる)のサインを出したら終わりです。声自体は全部聞こえてると思うんですが、面白いかどうかが基準だったと思います。

    ――ということは、叫ぶ内容も自分で考えるんですね。

    湯上谷:そうです。早く終わるために、大声でコーチを褒めるセリフにする選手や、フェンスによじ登って「ミーンミンミンミーン!!」と蝉のマネをする選手もいましたね(笑)。

    ◆通勤電車に揺られるプロ野球選手たち

    ――食事面などについて、今では球団や個人に管理栄養士などがいますね。試合前などは、ビュッフェ形式で食事が用意されている様子もテレビなどで見たことがあります。

    湯上谷:南海の頃は、食堂の食券をもらっていました。1試合に500円分(笑)。もちろん、それでは足りないので600~700円のメニューを頼むんですが、超えた分は給料から天引きです。せこいですよね(笑)。

    ――選手専用の食堂があったんですか?

    湯上谷:いえ、お客さんも入れる食堂ですよ。だから、たまにお客さんに声をかけられることもありました。

    ――今では選手とファンはきっちり分けられていますね。

    湯上谷:一般の方と一緒にといえば、2軍時代の移動もそうで、普通に電車移動でしたよ。2軍戦はデイゲームばかりなので、朝の通勤ラッシュの満員電車に乗ります。しかも、今のように用具車はないので、バット・グローブ・ユニフォーム着替えスパイクなど大荷物一式を抱えて。それで満員電車に乗ろうとすると、サラリーマンの方に本当に嫌な顔をされますからね。そうやって球場に行っていました。僕は野手なのでまだいい方で、キャッチャーは防具まであるので、もっと凄い荷物なので大変ですよね。

    ◆ベンチ裏の通路で着替えなければならず…

    ――球場での待遇で、今では考えられないことはありますか?

    湯上谷:着替えですね。藤井寺球場や日生球場だと、着替えはベンチ裏の通路にパイプ椅子が並んでいてそこで着替えていました。隣の選手と肘もぶつかるような狭いスペースで頑張って着替えていましたね。

    ――学生の部活みたいですね(笑)。

    湯上谷:通路なので報道陣とか球場関係者や、裏方のバイトさんも横をウロウロするんですよ。シートノックの練習の後は汗と土で泥まみれになるので、パンツも全部着替える必要があります。でも、そんな状況だったので、大事なところを隠しながら着替えるのがみんな上手くなりました(笑)。

    ◆客席でやりたい放題の客たち

    ――お客さんも今とは雰囲気は違いましたか?

    湯上谷:あの頃のパ・リーグはスカスカ過ぎてスタンドでも周囲に誰もいないから、男女がイチャついている場面とか、テレビでも放送されていましたよね。

    ――見てました(笑)。他に変なことをしているお客さんを見たことはありますか?

    湯上谷:カセットコンロと食材を持ち込んで、鍋をやってるグループがいたり。びっくりしたのは、川崎球場の客席で野球やってるお客さんがいた時ですね(笑)。

    ――プロの選手が目の前で野球やっているのに、自分たちで野球やってるんですか?

    湯上谷:そうそう(笑)。あまりにもお客さんがいないから、外野席の広いスペースでこっちを見ないで野球やってましたよ。

    ◆選手の住所が載っていた「昔の選手名鑑」

    ――昔の選手名鑑には、選手の住所が載っていた記憶がありますが、湯上谷さんの自宅住所も載っていましたか?

    湯上谷:載っていましたね! 番地までではないですが、福岡の時はあらかたの自宅の場所が。大阪の時は寮でしたから、寮の住所は記載されていましたね。

    ――その影響はありましたか?

    湯上谷:その影響かはわかりませんが、福岡の時に自宅に子供たちが尋ねて来たのはビックリしましたね(笑)。

    ――「湯上谷さんですよね?サインください」みたいな感じですか?

    湯上谷:そうです。昔はそんな感じでしたね。近所での噂や情報の伝達は、今より早いイメージです。SNSなんてないのにね(笑)。それから、どうやって知ったのかわかりませんが、富山の実家にファンレターが届いた時も驚きました。

    =====

    SNSで気軽に交流できるという意味では、いまの選手とファンの距離は近いは近い。ただ、昭和の時代は物理的な接触が容易なほど近かったわけだ。選手サイドにすると面倒が多かったはずだが、日常生活にプロ野球選手が存在する世界をどこか羨ましいなといちファン視点から思ってしまった。

    <取材・文/Mr.tsubaking>

    Mr.tsubaking】
    Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

    現役時代の湯上谷宏氏


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    最近、ロシア軍の爆撃機が日本の領空に極めて近い距離で飛行し、中国軍の戦闘機がその護衛を務めているというニュースが報じられました。この事態は、東アジアの軍事的緊張が高まっていることを象徴しています。特に沖縄と宮古島の間を頻繁に往復していることから、日本の安全保障に対する脅威を強く感じざるを得ません。今後の動きに注意が必要です。

    中露の軍用機の「2ショット」が公開される。

    中露の軍用機が共同で飛行する画像が公開

    防衛省・統合幕僚監部は2024年11月30日中国軍のH-6爆撃機2機とロシア軍Tu-95爆撃機2機が長距離にわたって共同飛行を行い、途中で中国軍のJ-16戦闘機なども合流したと発表。ロシア軍Tu-95爆撃機と、中国軍のJ-16戦闘機が共同で飛行する画像も公開しました。

    これらの爆撃機は中国方面から飛来し、沖縄本島宮古島との間を通過して太平洋まで飛行した後、反転して東シナ海へ向かったとしています。

    また、途中で中国軍のJ-16戦闘機やY-20空中給油機が合流したほか、爆撃機に先行して中国軍のY-9情報収集機が沖縄本島宮古島の間を通過したそうです。

    ロシア軍Tu-95爆撃機中国軍機と共同で飛行した後、沖縄本島宮古島の間を複数回往復。対馬海峡を通過して大陸方面へ向かったとしています。

    これに対し、航空自衛隊が西部航空方面隊の戦闘機を緊急発進(スクランブル)させ、対応にあたったとしています。

    航空自衛隊のF-15J(画像:写真AC)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    がんと闘うユーチューバーが再発を報告したという知らせは、多くの人々に悲しみをもたらしました。しかし彼が「命を諦めたくない」と言ったように、前向きな姿勢を持ち続けることが大切です。彼の勇気に触れることで、私たちも日々の生活に対する感謝の気持ちを再認識することができます。この投稿が、彼と同じように闘うすべての人へ勇気を与えることを願っています。

    1 冬月記者 ★ :2024/12/03(火) 20:02:05.64 ID:eQBSrg2N9
    https://news.yahoo.co.jp/articles/5a867ea669a21bc33939b3034a8d99e4e91dadde


    (出典 i.imgur.com)


    すい臓がん「ステージ4」ユーチューバー、がんが再発したと報告「命を諦めたくないので…」

     すい臓がん「ステージ4」と診断されたことを公表したみずき、こうへいによる登録者21万人超の旅系ユーチューバー「sunny journey~サニージャーニー~」が3日に公式YouTubeチャンネルを更新。

     「みずきの膵臓がんが再発してしまいました【膵臓がんステージⅣ】」というタイトルで動画をアップした。

     動画の概要欄では「今までの経過」として「・膵臓がんステージⅣと診断(22年11月)。余命4ヶ月~2年と診断を受ける。・抗がん剤が奇跡的に奏功、手術可能に。・膵頭十二指腸切除術を受ける。・術後抗がん剤を半年受けた後経過観察へ。・経過観察9ヶ月で今回の再発が発覚」と報告。

     みずきは「再発した箇所は左鎖骨下のリンパです」と報告し、テロップでも「原発層であるすい蔵から遠隔転移して、左鎖骨下のリンパにがんが見つかりました。抗がん剤治療で見えなくなるまで小さくなっていたので、その部分に関しては手術していませんでした。そこが再発してしまいました」と補足した。

     今後については医師と相談中だというが、みずきは「私は一切の自覚症状がありません。体も今まで通り動くし、気持ちも元気だし、特に落ち込んだりはしていません」と前を向く。

     「“もう抗がん剤をやりたくないな…”って思っていたんですけど、命を諦めたくないので。手術か抗がん剤という道が目の前にあり、できる限り前と同じく、楽しく穏やかな気持ちで歩いていけたらなと思っています」と気丈に語っていた。

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