
ドイツでの「バスの来ないバス停」は、認知症の高齢者を支えるための素晴らしい発明です。このコンセプトは、高齢者が自分の思い出の場所を見つける手助けをするだけでなく、周囲の人々にも優しさと配慮を促します。日本でもこの取り組みが広がっていくことを願っています。
1 きつねうどん ★ :2025/11/02(日) 11:56:36.71 ID:OuCW5vX7
おしゃれに老いる、素敵に老いる、小さくて快適な暮らしのための、スッキリする断捨離。ところでお金は? 住まいは? 親の介護は? お墓はどうしよう?
日本でしばしば話題になる「老い支度」だが、ドイツ人はどうしているのか? 合理的で節約を重んじているのか? 親子関係はどのようなものだろう?
日本とドイツにルーツを持つサンドラ・ヘフェリンが、実際のインタビューをもとに綴る実用エッセイ、 『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』 より、一部を抜粋・編集してお届けする。
『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』 連載第79回
『「ドイツ人は差別をしない」という理想論…介護従事者としてドイツに出稼ぎにきたポーランド人を待ち構える「劣悪な労働環境」』より続く。
バスが来ないバス停留所
「どんな介護を望んでいるのか」「老後は施設か自宅か」を、事前に家族で話し合っていたとしても、いざとなると費用や施設の空き状況、子どもの生活その他があり、予定通りにはいきません。また、本人が「介護施設は絶対に嫌!」と言っても、子どもがケアを担えない場合、施設に入れるしかないケースが増えています。
さらに認知症になってしまうと、「本人の希望」を確認することすら難しくなってしまいます。現実としてかなりの数の人が「認知機能が衰えた状態で、介護施設に入る」ことになります。そこで、ドイツの「介護付き高齢者施設の面白い取り組み」についてご紹介します。
認知症の人は「今この瞬間」のことがわからなくなる一方で、何十年も前の記憶が鮮明なこともあります。「今から家に帰る」と言っては、子ども時代や若い時に住んでいた場所に帰ろうとするのも万国共通です。
介護付き施設に入っている認知症の人たちもまた、「今から帰る」と出て行こうとするので、彼らを毎回追いかけるのでは職員が疲弊してしまいます。これはドイツアルツハイマー協会(Deutsche Alzheimer Gesellschaft)のシルビア・ケルン(Sylvia Kern)氏など、多くの専門家が認めるところです。
「どこに帰ろうとしているのですか? 今のあなたの住まいはここです!」
怒鳴りつけたり説得を試みたりするとトラブルになることが多く、職員と入所者の関係が悪くなるだけです。そんななか、ドイツの介護施設などの前に次々と作られているのが「バス停留所」です。その名もずばり「認知症の人のためのバス停留所」(Bushaltestelle für Demente)。
「したいことをさせてあげる」ために
入所者が「私は用事があるから家に帰る!」と言うや、職員が「では、バスが来るまで待っていてくださいね」と優しく言い、バス停の前まで誘導することもあります。もちろん、いくら待っても実際にバスが来ることはありません。
フォークス誌(Focus)のオンライン記事では、バス停で「2分」待っただけで、自分が何をしようとしていたか忘れてしまう認知症患者が紹介されています。さらに不思議なことに、彼らはバス停で待った後でホームに戻ると、「お出かけしてきた」気分で満足しているのだといいます。バス停留所が入所者の心の安定のために大きな役割を果たしていることがわかります。
「バスが来ないバス停留所」は認知症でない私たちからするとジョークのようですが、認知症の人にとっては心の拠り所です。バスを待っている間、「幸せ」を感じる時間はあっても、「悲しい気持ち」になることはありません。
認知症の人に少しでも「したいことをさせてあげる」ために、「認知症の人のためのバス停留所」がドイツで初めて作られたのは2 0 0 6年。レムシャイトにある介護付き高齢者施設の職員が出したアイディアでした。バス停に並ぶ認知症の高齢者は明らかに幸せそうなうえ、入所者の家族にも好評だったため、徐々にドイツ全土に広まっていきました。今や全国の高齢者施設の前にこの「バスが来ないバス停留所」があります。たとえばハンブルグのアイデルシュテットにある施設では、中庭にバス停を設置していますが、入所者は喜々として並んでいるそうです。日刊紙ディ・ヴェルト(Die Welt)のオンライン記事には、毎日、暗くなると「もう家に帰らなくては」とバスを待つ80代半ばの認知症の女性のことが紹介されています。
『なぜドイツは「バスが来ないバス停」を作るのか?…“認知症の人をだます”行為を容認する介護現場の「優しくて切実な嘘」』へ続く。
https://gendai.media/articles/-/157501
日本でしばしば話題になる「老い支度」だが、ドイツ人はどうしているのか? 合理的で節約を重んじているのか? 親子関係はどのようなものだろう?
日本とドイツにルーツを持つサンドラ・ヘフェリンが、実際のインタビューをもとに綴る実用エッセイ、 『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』 より、一部を抜粋・編集してお届けする。
『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』 連載第79回
『「ドイツ人は差別をしない」という理想論…介護従事者としてドイツに出稼ぎにきたポーランド人を待ち構える「劣悪な労働環境」』より続く。
バスが来ないバス停留所
「どんな介護を望んでいるのか」「老後は施設か自宅か」を、事前に家族で話し合っていたとしても、いざとなると費用や施設の空き状況、子どもの生活その他があり、予定通りにはいきません。また、本人が「介護施設は絶対に嫌!」と言っても、子どもがケアを担えない場合、施設に入れるしかないケースが増えています。
さらに認知症になってしまうと、「本人の希望」を確認することすら難しくなってしまいます。現実としてかなりの数の人が「認知機能が衰えた状態で、介護施設に入る」ことになります。そこで、ドイツの「介護付き高齢者施設の面白い取り組み」についてご紹介します。
認知症の人は「今この瞬間」のことがわからなくなる一方で、何十年も前の記憶が鮮明なこともあります。「今から家に帰る」と言っては、子ども時代や若い時に住んでいた場所に帰ろうとするのも万国共通です。
介護付き施設に入っている認知症の人たちもまた、「今から帰る」と出て行こうとするので、彼らを毎回追いかけるのでは職員が疲弊してしまいます。これはドイツアルツハイマー協会(Deutsche Alzheimer Gesellschaft)のシルビア・ケルン(Sylvia Kern)氏など、多くの専門家が認めるところです。
「どこに帰ろうとしているのですか? 今のあなたの住まいはここです!」
怒鳴りつけたり説得を試みたりするとトラブルになることが多く、職員と入所者の関係が悪くなるだけです。そんななか、ドイツの介護施設などの前に次々と作られているのが「バス停留所」です。その名もずばり「認知症の人のためのバス停留所」(Bushaltestelle für Demente)。
「したいことをさせてあげる」ために
入所者が「私は用事があるから家に帰る!」と言うや、職員が「では、バスが来るまで待っていてくださいね」と優しく言い、バス停の前まで誘導することもあります。もちろん、いくら待っても実際にバスが来ることはありません。
フォークス誌(Focus)のオンライン記事では、バス停で「2分」待っただけで、自分が何をしようとしていたか忘れてしまう認知症患者が紹介されています。さらに不思議なことに、彼らはバス停で待った後でホームに戻ると、「お出かけしてきた」気分で満足しているのだといいます。バス停留所が入所者の心の安定のために大きな役割を果たしていることがわかります。
「バスが来ないバス停留所」は認知症でない私たちからするとジョークのようですが、認知症の人にとっては心の拠り所です。バスを待っている間、「幸せ」を感じる時間はあっても、「悲しい気持ち」になることはありません。
認知症の人に少しでも「したいことをさせてあげる」ために、「認知症の人のためのバス停留所」がドイツで初めて作られたのは2 0 0 6年。レムシャイトにある介護付き高齢者施設の職員が出したアイディアでした。バス停に並ぶ認知症の高齢者は明らかに幸せそうなうえ、入所者の家族にも好評だったため、徐々にドイツ全土に広まっていきました。今や全国の高齢者施設の前にこの「バスが来ないバス停留所」があります。たとえばハンブルグのアイデルシュテットにある施設では、中庭にバス停を設置していますが、入所者は喜々として並んでいるそうです。日刊紙ディ・ヴェルト(Die Welt)のオンライン記事には、毎日、暗くなると「もう家に帰らなくては」とバスを待つ80代半ばの認知症の女性のことが紹介されています。
『なぜドイツは「バスが来ないバス停」を作るのか?…“認知症の人をだます”行為を容認する介護現場の「優しくて切実な嘘」』へ続く。
https://gendai.media/articles/-/157501

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