アゾフ旅団はその活動を通じて、ウクライナの防衛において重要な役割を果たしてきました。

1 きつねうどん ★ :2025/10/08(水) 07:52:25.92 ID:t8Qw5N9T

(出典 f.img-newsweekjapan.jp)

マリウポリ解放記念日に行進するアゾフ大隊のウクライナ兵(2017年) Evgeny Sosnovsky/shutter stock.

<「ならず者」の烙印から国家部隊の中核へ。彼らはいかにして「精鋭」へ転じたのか>
この夏、ウクライナ軍最高司令部は賭けに出た。精鋭のアゾフ旅団を含む5個旅団で構成する特殊部隊の第1アゾフ軍団を、激戦地ポクロフスク付近に再配置したのだ。

ロシア軍はじりじりと前進し、ウクライナの防衛線の一部を突破していた。

8~9月の5週間に及ぶ激しい地上戦で、第1アゾフ軍団とウクライナ正規軍部隊はロシア軍を押し戻し、6つの村と広大な領土を奪還した。

「ウクライナ軍は事態が本当に悪化したときの緊急部隊として、アゾフとその派生部隊を頼りにする」と、ウクライナ専門家のアンドレアス・ウムランドは言う。

「アゾフは優秀で、よく訓練され、装備が整っているといわれる」

だが以前は、全く別の評判にまみれていた。アゾフ旅団の誕生は2014年、さまざまな右翼過激派が集まった組織だった。その後間もなく、内務省傘下の国家親衛隊に編入された。

アゾフは当初、極右勢力との関係で知られていた。ロシアはこの評判を利用して、ウクライナはネオナチが支配する国であり、国内のロシア系住民に対して「ジェノサイド(集団虐殺)」を行おうとしているというプロパガンダをまき散らした。

ウムランドが19年に発表した論文によれば、アゾフの初期の指導者らは「明確なファシスト的見解」を持っていた。

だが人権団体「市民自由センター」(本部キーウ)のビアチェスラフ・リハチョフによれば、旅団は16年後半までに過激主義を一掃し、「ウクライナの憲法に忠実だという意味でのみ政治的な、ほかと変わらない部隊」になった。

昨年6月には米議会の調査でアゾフ旅団が人権侵害や外国人嫌悪に関わっていないことが判明し、ついにアメリカによる武器供給と訓練の禁止が解除された。

軍改革の先陣を切って
現在のアゾフの姿は、以前とは全く違う。公式サイトではユダヤ人やイスラム教徒の戦闘員がいることを誇らしげに紹介している、とウムランド。

隊員については「戦闘的な愛国者」と表現するのが適切だとも、彼は言う。

アゾフはNATOの基準に沿った部隊の再編成を外国の専門家に頼らずに学び、22年のロシアの侵攻時には戦闘準備が万全だったと、キーウ・ポスト紙は報じた。

「われわれの指揮官は士官学校を出たばかりというわけではない」と、アゾフの将校は今年1月、ジャーナリストのデービッド・キリチェンコに語った。「彼らは戦場で昇進する」

今年春から初夏の厳しい戦闘を経て、アゾフ軍団の目覚ましい成功は、ウクライナ軍で進行中の再編成に明るい見通しをもたらしている。これは約100個旅団から成る巨大な軍組織から、部隊の指揮統制を最適化するために設計されたコンパクトな軍団システムへの転換だ。