未来の人工冬眠装置は定期的に超音波を発しているかもしれません。
米国のワシントン大学(University of Washington)で行われた研究により、超音波で脳の特定部分を刺激すると、マウスを冬眠のような不活性状態に移行させられることが示されました。
不活性状態に陥ったマウスでは体温が3.5℃低下して心拍数も半分になり、酸素消費量・食事量・運動性に大幅な低下がみられました。
また定期的にに超音波を当てつづけると、マウスを最長で24時間、目立った悪影響なしに不活性状態にできることがわかりました。
さらに同様の実験を、マウスと違い冬眠する性質の無いラットにおいても行ったところ、ラットにおいても体温が2℃ほど低下していることが確認できました。
研究者たちは、現存するほぼ全ての哺乳類には、人間も含めて脳内に冬眠を促すスイッチが存在しており、体に害のない方法で冬眠状態に移行できる可能性があると述べています。
しかし超音波による刺激が、電気器官である脳に、いったいどんな仕組みで作用を及ぼしたのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年5月25日に『Nature Metabilism』にて公開されました。
超音波による脳刺激はマウスを「冬眠」のような状態にできると判明!
これまでの研究で、冬眠は哺乳類・鳥類・昆虫・両生類・魚類など実に幅広い種に存在する能力となっています。
冬眠状態になった動物は体温・心拍数・酸素消費量を劇的に低下するだけでなく、脳活動は検出できないまでに低下し、極端な種では呼吸も10分に1回になるなど、生命活動を極端に鈍らせます。
冬眠する目的は主に仮死状態になることで食糧不足や極端な寒さに耐えることですが、一部のコウモリや鳥類は夜になるたびに昏睡状態になることも知られています。
しかしさまざまな動物たちがいったいどんな仕組みで冬眠するかはほとんど知られていませんでした。
しかし2020年に行われた2つの研究(研究1と研究2)により、1つの転機が訪れます。
この実験では遺伝子操作されたマウス脳の視床下部の一部を、化学物質などで活性化すると、十分なエサがあるマウスでも体温が20~25℃に低下し、冬眠のような非常に不活発な状態に誘導できることが発見されました。
この結果は、脳に冬眠を開始させるスイッチのようなものが存在する可能性を示すものになりました。
また遡ること6年ほど前、2014年に行われた研究では、超音波を脳の感覚領域に浴びせると、被験者たちの触覚を増強する効果があることが示されました。
他にも超音波を脳に浴びせることで、うつ病や不安症などの精神障害に改善効果があることが報告されていました。
これらの結果は、超音波は空気の振動を介して脳細胞への物理的刺激や音波が当たった場所に熱的な刺激を与えることが可能であり、特定の脳細胞の活性に影響を与える手段になることを示していました。
そこで今回、ワシントン大学の研究者たちは2014年と2020年の実験を組合わせ、冬眠するマウスと冬眠しないラットの両方の視床下部に超音波を照射し、何が起こるかを調べてみることにしました。
すると驚くべきことに、超音波を脳に受けたマウスたちは体温が3.5℃も低下して心拍数も半分になり、呼吸回数も大幅に低下して、冬眠に近い不活性状態に変化することが明らかになりました。
また1度の超音波刺激で不活性状態は1時間ほど持続したものの、断続的に超音波を視床下部に当て続けたところ、最大で24時間にわたりマウスの不活性状態を維持できることが判明します。
実験では24時間を超えた不活性状態の維持は行われませんでしたが、研究者たちはより長時間の不活性化も可能であると述べています。
さらに興味深いことに、マウスと違い冬眠する性質の無いラットにも同様の実験を行ったところ、ラットでも体温が2℃低下し、不活性状態に移行する兆候が示されました。
これらの結果は、冬眠に似た体の不活性化を開始させるスイッチが、脳内の特定回路に存在する可能性しており、マウスのように冬眠する動物だけでなく、ラットのように冬眠する性質のない動物も、類似の不活性状態に移行させる手段になることを示します。
研究者たちは、冬眠する性質がない動物が同じ脳領域の刺激で冬眠に似た状態に移行するという結果は、非常に重要であり、人間にも適応できる可能性があると述べています。
というのもこれまでの研究により、人間を含む冬眠する性質がない動物でも、冬眠に似た状態に移行するとの報告が数多く寄せられているからです。
特に医学の分野では患者の代謝を抑えて低体温にするメリットは広く知られており、患者の体を冷やして代謝を不活性化させることで、脳卒中による脳細胞へのダメージを軽減したり、心臓や脳の手術の生存率を高める効果があるとされています。
歴史的にも代謝を抑制する低体温の有効性については度々報告されており、たとえばナポレオンによるロシア遠征に従軍した医師たちは、重症患者を冷たい場所に置いておくと生き延びる可能性が高かった一方で、暖炉のそばに置いた場合には生存率が大きく下がったと報告しています。
命にかかわる重篤な状態では、身体中の細胞を低エネルギーの状態に慣らす処置を行った方が、生き残る確率が高くなる場合もあるようです。
そのためもし人間の脳にもマウスやラットと同様の冬眠を促すスイッチが存在する場合、意図的な低体温と組み合わせることで、患者の命や健康を救う極めて有効な手段になる可能性があります。
しかし、なぜ超音波をあてるだけで、マウスやラットは不活性状態に移行したのでしょうか?
脳細胞の細胞膜上に超音波を感知するイオン流入口が存在した
なぜ超音波を視床下部にあてるだけで、冬眠のような不活性状態にできるのか?
謎を解明するため研究者たちは、視床下部の脳細胞に超音波に反応するタンパク質が存在しないかを調べました。
すると超音波に反応して視床下部の視索前野(POA)にあるニューロンが活性化していることが判明。
また超音波で活性化しているニューロンでどんな遺伝子が強く働いているかを調べたところ、TRPM2と呼ばれるカルシウムイオンチャンネルの発現レベルが高いことがわかりました。
イオンチャンネルは特定のイオンを通す細胞膜上のイオンの出入口であり、イオンの出入りは細胞の特定の機能をオンオフするシグナルとなります。
研究者たちが詳しくこのイオンチャンネル(TRPM2)の挙動を調べたところ、超音波に反応して細胞内部にカルシウムイオンを流入させていることが明らかになりました。
ただ現時点でイオンチャンネルが超音波の物理的な空気振動に反応しているのか、振動によって発生する熱に反応しているかは、わかりませんでした。
ただ研究者たちは超音波によって発生する熱のほうが、より有力であると思っているようです。
研究者によれば、このイオンチャンネルが存在するPOAニューロンは上がり過ぎた体温を低下させる機能があると考えられており、超音波によって発生した熱にニューロンがびっくりして、体温の緊急冷却システムが働いた可能性があるとのこと。
今後、超音波による冬眠の制御技術が確立されれば、医学だけではなく宇宙の分野においても、人間を冬眠させる技術は有用になると考えられています。
惑星間航行など長期にわたるミッションに従事する場合、人員を冬眠状態に維持できれば輸送コストを大幅に削減することが可能だからです。
研究者たちは、人間の脳に超音波刺激を行うヘルメットを開発する「だけ」ならば十分可能であると述べています。
ただ安全性の確認や人間での使用が認められるには、より多くの検証が必要となるでしょう。
(出典 news.nicovideo.jp)
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