(北村 淳:軍事社会学者)
アメリカ政府はウクライナにストライカー装甲戦闘車90両、ブラッドレー歩兵戦闘車59両、MRAP(耐地雷伏撃防護車両)53両、ハンヴィー(高機動多用途装輪車両)35両といった戦闘用車両を、対戦車ミサイルなどの弾薬とともに供与することになっていたが、それに加えてM1A2エイブラムス戦車31両を供与する計画を発表した。
バイデン政権がウクライナに戦車を供与する決定を下したのは、NATO諸国(ドイツ、ノルウェー、ポーランド、スペイン、オランダ、カナダ、加えて間もなくNATO加盟が正式に承認されるであろうフィンランド)にウクライナへの戦車供与を促進させるためという理由がある。実際に、アメリカによる戦車供与の計画発表を受けて、これまで戦車供与に関しては積極的でなかったドイツも自軍の在庫から戦車をウクライナに供与する方針を明示した。
すでに戦車の供与を明らかにしていたイギリス、ポーランド、ノルウェーに続いて、他のNATO諸国も戦車をウクライナに供与することになるため、ウクライナ軍はNATO諸国から手に入れる80~100両の戦車で戦車大隊を2個隊編成することが可能になりそうだ。
戦車部隊2個大隊の増強がウクライナ軍の戦闘力強化にどのように役立つかは不明である。もちろん戦車数の増加は戦力増強にほかならないが、ドイツ製やアメリカ製の戦車はこれまでウクライナ軍が使用してきた戦車より格段に重いため、ウクライナの戦場が泥濘化する時期には使用困難になってしまうと言われている。さらに、西側の最新戦車は運用やメンテナンスに複雑な問題を引き起こすからだ。
ただし確実に言えるのは、NATO諸国からの戦車増援はウクライナにおける戦闘を泥沼化させて、この戦争の終結をより遠ざけることになるということである。
「ウクライナより台湾への戦車供与を」の声
バイデン政権がウクライナにM1A2戦車31両を供与する計画を公表したことは、台湾有事にも問題を投げかけている。なぜならばM1A2戦車はアメリカが台湾に供与することになって既に台湾が購入し生産が急がれている戦車と同型であるからだ。
台湾は2019年にM1A2戦車108台を発注した。すでに最初の2台は2022年6月に米国で台湾軍将校に引き渡され、車両の操縦訓練、射撃訓練、整備技術の教育などが終了した。訓練後、彼らは教官として台湾に戻り、後続のM1A2戦車の到着を待っている。台湾国防部によると、2026年までに108両の引き渡しが完了する予定である。
台湾に供与される戦車はオハイオ州リマのジェネラル・ダイナミクス社の工場で組み立てられており、M1A2戦車の生産ラインは、台湾軍とポーランド軍から注文を受け戦車の注文でふさがっている状態だ。そのため、台湾軍注文分を後回しにしてウクライナへの31両を製造するのか、アメリカ軍の在庫から供与するのか、今後、様々な議論が避けられないとみられている。
長期戦化してしまっているウクライナ戦争よりも台湾有事を危険視している人々からは、台湾への戦車供与を加速させるべきであるとの声が、すでに上がっている。
比較的小さな島国である台湾の場合、アメリカ側同盟国や友好国などとの陸上国境があるウクライナと違って、中国による直接武力攻撃が開始されると、台湾周辺の海洋とその上空が中国軍により完全に封鎖されてしまうため、戦車はもちろん武器弾薬を台湾へ送り込むことなど不可能になってしまう。そのため、中国軍による台湾侵攻が始まる以前に、可能な限り台湾軍の戦力を増強させておかなければならない、というわけである。
抵抗を長引かせるためだけにしか役立たない
ただし、アメリカが台湾軍の戦力を強化するために送り込もうとしているM1A2戦車は、確かに陸上戦闘力を強化させるが、島国である台湾の防衛という視点からは、勝敗の帰趨が決まった後に台湾島内でズルズルと抵抗を長引かせるための戦力を付与するに過ぎない。
米国で実施されている様々なシミュレーションの多くが示しているように、台湾海軍や台湾航空戦力が極めて短期間で全滅してしまうことは確実だ。したがってその後は、もし台湾側が降伏しなかった場合には、残存することができた陸軍部隊による「台湾本土決戦」に突入することになる。
もちろん台湾島内での残敵掃討戦に数カ月もかかる場合には、台湾周辺を完全封鎖する中国軍の負担も過大となってしまうが、台湾陸軍残存部隊が台湾島内で数カ月間も組織的抵抗を続ける可能性は皆無に近い。
60万4000平方キロメートルと日本の1.6倍の国土面積があるウクライナでの地上戦と違って、3万6000平方キロメートルと九州の8割の国土面積しかない台湾(台湾本島)での地上における中国軍による掃討戦では、台湾一般市民の損害は、一層甚大なものとなり、果たして台湾側が本土決戦に踏み切るかどうかは疑問である。かつて「本土決戦」「一億玉砕」を叫んでいた日本自身も結局は本土決戦には突入せずアメリカに降伏したのだ。
島国の防衛は海洋で決着をつける
そもそも日本や台湾、それにイギリスのような島国の防衛では、海洋での防衛が失敗した場合、すなわち海軍や航空戦力や長射程ミサイル戦力を基幹とする海洋戦力が壊滅した場合には、すでに防衛戦には敗北したことを意味する。
極めて強力な同盟軍が間髪を入れずに侵攻軍を撃破してくれる以外には、本土決戦(本土における地上抵抗戦)など「愚者の勇気」に過ぎず、一般国民の犠牲と国土の荒廃を増大させるだけである。
筆者の知り合いの台湾海軍上校たちも、しばしば次のように「島国の防衛は海洋で決着をつける」という原理について口にしている。
「台湾軍(中華民国国軍・「国軍」)は、1949年に中国共産党との内戦に敗北して台湾に逃亡してきた中国国民党に付随して大陸から台湾に移動して来た軍隊が母体となっている。そのため陸軍の勢力が極めて大きいという伝統を引きずっている。
海軍将校としては、台湾のような小さな島国や島嶼の防衛は海洋での防衛戦が死命を制することは自明の理であると考えている。だが、伝統的に陸軍の力(政治力、発言力)が強力だったため、台湾防衛に必要な戦力配分という観点に立つと、陸軍が大きすぎる、あるいは海軍や空軍が小さすぎる、というアンバランスが続いてきた。
だが、人民解放軍のミサイル戦力、海軍力、航空戦力が目に見えて強力となってきたため、台湾国内でも長射程ミサイル戦力や海軍戦力、それに航空戦力をより一層強化しなければならないという意識が高まってきた。ところがアメリカが戦車を供与するといった類の話を持ち込んでくると、再び陸軍側は陸軍の勢力拡大に躍起となってしまう。困ったものである」
もっとも、台湾軍に限らず、アメリカ軍でも似たような「島国防衛における原理」に関する海軍側と陸軍側の意識の開きは埋まらない。米海軍関係者によると「陸軍が脇役以下になってしまうために陸軍の連中は、この問題を理解しようとすらしない。その結果が、現在アメリカが直面している海軍力の停滞だ」と嘆いている。
狡猾なアメリカの国家戦略を見極めよ
ウクライナへの戦車をはじめとする兵器弾薬の増強にせよ、台湾軍の戦力強化の推進加速にせよ、まさにアメリカによる「代理戦争という火に油を注いで、アメリカ自身の国益を伸長させる」という国家戦略の露骨な表れと言えよう。
長年、アメリカという国の思考回路、国家戦略の打ち出し方を現地で目の当たりにしてきた筆者からすると、アメリカはウクライナや台湾、場合によっては日本などを利用してロシアや中国を消耗させ、失われつつあるアメリカの世界的覇権を再び取り戻すという国家目標を達成しようとしている、と言わざるをえない。
もちろんこのような戦略目標の達成は一筋縄ではいかないものの、多大な犠牲を強いられるのはウクライナや台湾、そして日本であり、アメリカは決して自国を犠牲にすることはない。アメリカべったりの日本政府や国会それに多くのメディアなどは、日本がアメリカの走狗(そうく)に成り下がっているということは、このような危険を自ら進んで強化していることを認識しているのであろうか?
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(出典 news.nicovideo.jp)
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