(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)
一般会計の総額が107兆円を超す過去最大の来年度予算が、参議院本会議で自民・公明の与党に、国民民主党などの野党も賛成して成立したのは、今月22日のことだった。新年度予算の成立時期としては、戦後4番目の早さを記録している。
その同じ日。雪も舞った東京には、全国ではじめての電力需給逼迫警報が出されていた。それも最初は東京電力管内だったものが、東京電力に電力を融通していた東北電力管内にまで拡大した。16日に東北地方を襲った震度6強の地震で、福島県の広野火力発電所6号機が停止したままになっていたことや、低気圧の影響で寒気が流れ込み、暖房需要が高まったことが重なった。雨雲が空を覆えば、太陽光発電も役に立たない。萩生田光一経済産業大臣は緊急の記者会見を開いて節電を呼びかける。
そのふたつが重なったあまりの間抜けぶりに、呆れていたのは私だけではないはずだ。
レールガンに必要な大量の電力、不安しかない供給体制
この日、成立した来年度予算の防衛費も5兆3687億円と過去最大のものとなった。
その中には、あらたなミサイル防衛手段の実用化に向けた「レールガン」の試作機の製造に65億円が計上されている。
「レールガン」は、リニアモーターカーのように電磁力を使って弾を発射する。導電性のある素材で造られた2本のレールの間に、やはり導電性のある弾を挟み、大量の電流を流して磁場を発生させて発射する。
音速の5倍超で軌道を変えて飛翔する極超音速兵器が念頭にある。従来の弾道ミサイルが放物線を描いて飛び、経路が予測しやすいのと比べて迎撃が難しい。中国やロシア、北朝鮮で開発が先行する。
これに対してレールガンは、火薬の燃焼を利用するミサイルより高速で、連射もできる。一般的なミサイルの初速は秒速1700メートル程度だが研究段階で秒速2300メートル近くを達成しているとされる。防衛省では20年代後半の実用化を目指している。
このレールガンについては、かつてオウム真理教が研究開発を目論んでいたことは、予算案に計上された段階で書いた。オウム真理教ではアニメキャラクターの『ガンダム』まで製造しようとしていて、それに並ぶ漫画のような話だった。
(参考)オウム真理教がかつて夢見た超音速兵器に防衛省が「65億円」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68371
実際に予算案に計上されたことを報じた毎日新聞は『防衛省、レールガン開発に本腰 SF・アニメが現実に?』との見出しで伝え、SFアクション映画『トランスフォーマー/リベンジ』でも登場していたことをたとえに「過去、あくまでフィクションの世界の兵器だった」としている。
もっとも、時代と科学技術の進歩によって、遠い未来の話だったことが現実になること、夢に描いたことが実現することがあってもおかしくはない。いまの時代においても、かつては想像もできなかったことが現実のものとなって、恩恵を受けていることも少なくはない。むしろ喜ばしいことだ。
レールガンもそのひとつと考えるべきだろう。だが、その前に――。
完成しても十分な電力なければ無用の長物
レールガンを発射するには、電磁力を生み出すために莫大な電力が必要となる。数秒に1回の連射を想定した場合、発射の度に約25メガワット(2万5000キロワット)の電力が必要とする海外の研究がある。
地震による発電所の停止や、突然の寒気に暖房需要さえままならず、国民に節電を呼びかけるような脆弱なエネルギー供給の国情で、レールガンが役に立つのだろうか。
レールガンが完成したとしても、発射のための電力が賄えなければ、無用の長物に終わる。それこそ、漫画のような話だ。
まさかのリアル「ヤシマ作戦」
電力需給逼迫警報が出ていた22日、経済産業省によると、午前8時から午後11時までの間で、想定需要の10%程度にあたる計約6000万キロワット時を節電しなければ供給不足に陥る懸念があるとしていた。標準的な家庭の消費電力量が1日10キロワット時程度とされ、およそ600万世帯分の電力消費量の削減が必要となった。1メガワット=1000キロワットだから、レールガンを1発発射するのに2500世帯の1時間分の消費電力を必要とする。それも連射でもっと多くの電力を、あっという間に使い切ってしまう。
仮に、レールガンをミサイル防衛に実用するとして、その度に国民に今回のような節電要請や計画停電を実施するのであれば、それこそ“ヤシマ作戦”だ。すでに22日の電力供給逼塞警報でツイッター上のトレンドワードにも入っていたが、日本中の電力を接収して陽電子砲(と作中で設定した武器)を発射するという人気アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』で展開された作戦名“ヤシマ作戦”のエピソードとそっくりだ。
だが、そんな節電協力を呼びかけている間に、音速の5倍を超える速度の極超音速兵器は本土に到達している。これまた漫画だ。途中で軌道を変えるのだから、連射も前提となる。そんな即時に必要な大量の電力をどこから引っ張ってくるのか。
脆弱なエネルギー供給を補うと同時にレールガンの実用化のために、原子力発電を再び活性化させるのだとしたら、それこそ最初から核兵器を保有したほうが効率的という、本末転倒の議論になりかねない。
ロシアによるウクライナ侵攻が、それまでの国際秩序を破壊し、防衛力強化が現実的な喫緊の課題となった中で、戦後4番目の早さで成立した新年度予算はその中味について、実効的な議論がつくされたといえるのだろうか。
翌23日には、ウクライナのゼレンスキー大統領が国会でオンライン形式の演説を行った。そのタイムスケジュールには、国会議員によるスタンディングオベーションがあらかじめ盛り込まれ、その通りに国会議員が演じてみせる“ヤラせ”をやってのけ、最後に挨拶に立った山東昭子参議院議長が、侵略を許して国民が悲惨な状況に喘ぐ姿をよそに、その大統領の演説に「感動した」などという姿を見る限り、現実的感覚を見失っているようにしか思えない。
かつて民主党政権で閣僚経験があり、いまでは批判を繰り返していた自民党に所属する細野豪志衆議院議員は、ツイッターにこう書き込んでいる。
【昨日の電力需給の逼迫で陰謀論があるという。私は多くの経産官僚と仕事をしてきた。彼らの多くは個人としては優秀だが、陰謀を実行するような組織力はない。そんな組織力があればこんな電力不足にはなってない。】
大真面目に間の抜けたことほど恐ろしいことはない。それはもはや国会議員にもいえることで、国防すら左右する。
もしかしてオウム真理教と五十歩百歩の思考回路か
それともうひとつ。レールガンの開発を目指したオウム真理教の元幹部が、刑事被告人となった法廷で語った顛末を披露しておく。
坂本弁護士一家殺害事件の実行犯で2018年に死刑が執行された早川紀代秀によると、教祖の麻原彰晃が幹部たちを呼び寄せて、教団が推進する“救済計画”について「本音を言ってみろ」と、意見を求めたことがあったという。そこで早川が、食料備蓄は十分だが、ハルマゲドン(世界最終戦争)がやって来たときには、既存の電気やエネルギー供給も停まって教団が窮地に陥る、だから独自のエネルギー開発の必要性を説いたところ、麻原が急に不機嫌になって怒り出した。
「なに、夢みたいなことを言ってんだ!」
そう言ったという。不都合な情報からはあからさまに目を背ける姿勢が、組織の崩壊を招く。因みにこれは、プーチンと麻原の類似性を示した最近の寄稿でも例示した。
傍で見ていれば漫画に映る世界も、往往にして当事者たちはそのことに気付いていない。22日の出来事は、まさにその典型である。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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