食糧事情が悪化している北朝鮮では、都市住民が餓死する事例が出るほど極限の飢えが常態化している。空腹が長期化し、飢えが極限に達すると、人は誰でも理性や分別を失うものだ。飢え死にするくらいなら盗んででも、というわけで、地方の農場や個人の農地から穀物が盗まれる事件が頻発している。これを深刻に受け止める当局は「穀物を盗めば厳罰に処する」との布告を発表し、軍や警察を総動員して、全力で事態の収拾に当たっている。
◎金興光氏の過去の記事はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E9%87%91+%E8%88%88%E5%85%89)をご覧ください。
(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)
北朝鮮では最近、かつてないほどの規模で穀物窃盗団の被害が続発している。個人の農地は、その格好の餌食だ。北朝鮮の消息筋によると、北朝鮮の農村や山あいの都市では、ほとんどの住民が近隣の山地で数百坪規模の菜園を営み、トウモロコシだけでなくジャガイモや豆、野菜類を収穫することで、家庭の食卓をまかなっている。
ところが、トウモロコシの収穫期を控えた8月末から、夜更けに窃盗団がやってきて、穀物を根こそぎ奪っていく事件が発生し始めたのだ。被害にあった住民は茫然自失に陥っている。
実は、北朝鮮でこの時期に穀物泥棒が現れること自体は年中行事である。だが、今年の窃盗団は規模が大きく、危険も辞さない「盗みぶり」が例年とは全く異なる。その結果、被害規模も雪だるまのように膨れ上がっている。
さらに注目すべきは、今年の盗難被害は個人の農地だけでなく、協同農場の農地をも見境なく標的にしていることだ。これには、労働党や社会安全部などの関係当局も当惑を隠せないでいるという。
北朝鮮では、個人の農地での窃盗に科される懲役は5年以下だが、協同農場から穀物や家畜を盗めば、標準の刑期が10年以下で、重大なケースでは死刑の可能性もある。
集団窃盗による協同農場への襲撃は、政治犯収容所にほど近い平安南道陽徳郡を皮切りに、短期間のうちに咸鏡南道や江原道など全国に急拡大している。
自衛策に乗り出す北朝鮮住民と協同農場
協同農場が略奪に遭ったとの報告を受けた金正恩総書記は激怒し、党、保衛部、社会安全省に緊急対策を講じるよう命じたという。党中央委員会組織担当書記の趙甬元氏は、直ちに社会安全部に布告を発布させた。
また、社会安全省と内務軍に緊急出動を命じ、主要道路や移動経路を封鎖し、通行人の荷物を検査している。もし盗難に遭った穀物を所持していたり、それを入手して売りさばく住民がいたりすれば即座に拘束する。盗賊を根絶やしにしようと、徹底的な捜査を繰り広げているのだ。
さらに、全住民を対象に、日々の所在を明らかにするための証明書を提出させている。前の晩にどこにいて、誰と一緒だったかを自筆で記入し、確認まで受けて提出しなければならない。この最悪の飢饉の状況下、日々を生き延びるのも精一杯の北朝鮮の住民にとって、また新しい悩みの種が生じた。それでも憎き盗賊に比べたらまだましだ。
消息筋は以下のように語る。
「家庭菜園を持つ住民は、ほんのわずかな時間でも警戒を緩めることはできない。春先から手塩にかけて育ててきた穀物、まさに自分たちの命にも等しい1年分の食糧を、ちょっとのすきに盗賊団に根こそぎやられてしまう例が相次いでいるからだ」
そのため、住民は自衛策として畑地のそばに小屋を作り、家族総動員で見張っている。徹底的に監視するため、小屋にはかまどやオンドル、各種な生活用品まで備え、7月初めから秋になる10月までの数カ月間、寝起きができるようになっているというから驚きだ。
協同農場の農地は、軍や安全部、民防衛隊が三重武装警戒体制をとって、何とか被害を抑えている状況だ。農場の入口には穀物取り締まりの検問を設け、保安員(警察)と係員が車両に積んだ穀物をすべて点検している。個人が穀物を運搬する場合、1人当たり15キログラムを上限とし、それ以上になる場合、農場管理委員会の承認書を係員に提出しなければならない。
盗賊団の次はコソ泥が大量発生
当局が緊急布告まで発表したこともあり、盗賊集団は次第に鳴りを潜めている。だが、今度は新たな伏兵、コソ泥が発生し、当局を悩ませている。
北朝鮮では、以前から協同農場での収穫作業を支援するため、全国の都市労働者や事務員、学生、軍人を動員している。ところが、この労働者が揃って協同農場の穀物をくすねているというのだ。これでは「猫に鰹節の番をさせる」ようなものだ。
消息筋によると、「任務に就いた労働者らは、ポケットのついた下着をはき、毎日少しずつ穀物をくすねている。そして、夜になると畑の地面を掘って穀物を隠しておき、任務期間が終わって取り締まり担当が撤収した後で穀物を取り出して家に持ち帰っている」という。
もっとも、こうした臨時の労働者だけでなく、農場で働く職員で構成される夜間の見張り担当者も、自分たちの勤務時間が食糧を盗む絶好の機会と考えている。警備担当であることをいいことに、他の農場の職員や労働者と結託し、大量の穀物を盗めるよう計らってやるケースもある。
そのため住民は動員された労働者よりも、農場の幹部や見張りに動員された農場の職員の方が悪質だと言う。
消息筋は「最近、当局から穀物(トウモロコシやコメ)の流通を停止するという方針が下され、穀物パトロール隊が配置されたため、駅に運び込まれるはずの穀物が予定どおり運ばれない事例が増えている。この場合、パトロール隊に穀物の運搬が露見するのを防ぐため、穀物の袋は線路上に捨てるかのように放り投げられる。それを別途、運び出す手間が生じ、余計な運搬費用が発生している」と話した。
事実、先月には卸売業者6人が貨物列車を借りて順天から价川までコメやトウモロコシを運ぶはずが、パトロール隊が待ち構えていたために目的地の院里駅で荷物を降ろすことができなかった。やむなく院里駅をいったん通過し、次の奉天駅に進入する前にコメの麻袋を放り投げ、そこから移動させざるを得なかった。
似たような事例として、咸鏡北道の別の消息筋も、「咸鏡北道の農村からトウモロコシを仕入れた卸売り商人が金策駅に穀物を運ぶ際、駅にパトロール隊がいたため、着く前に荷物を外に放り出し、そこからまた運び出さなければならない羽目になった」と語った。
鉄道作業員は目的地まで運搬することを約束して報酬を得るが、取り締まりの前では自分たちの責任回避を最優先する。
三重苦にさらされる北朝鮮の食糧供給
北朝鮮当局が、こうした泥縄式の取り締まり態勢で食糧流通を完全に統制できるとは考えにくい。北朝鮮において、今や卸売業者を通じた流通ルートこそ、住民にとっての実質的な食糧供給網だからだ。むしろ、こうした取り締まりはコメ価格の上昇を招き、庶民層の食糧難を悪化させる恐れがある。
北朝鮮は昨年も、気温上昇や自然災害により収穫量の減少が予想されていたことから、国家配給(人民軍と軍需工場の労働者、公務員、平壌市民などが対象)を優先し、民間の食糧流通を禁止していた。その副作用が、今年はさらに拡大している。
北朝鮮の食糧供給は今、三重苦に見舞われている。三重苦とは、天候不順、非効率的な農業生産技術、幹部までが手を染める食糧泥棒の3つだ。そのため今年は、昨年よりも大幅に食糧が不足すると見られる。北朝鮮当局は軍や特殊機関、権力機関の1年分の食糧を確保するため、様々な締め付けに乗り出すだろう。だが、それで解決するほど、ことは簡単ではない。
かつては当局から布告が出されれば、心当たりのある住民は恐怖におののいて自首したりしたものだが、最近では布告など屁とも思わない。「飢えたる犬は棒を恐れず」とはよく言ったもので、完全に飢えた状態の者にとっては、食べるものしか目に映らない。どんな厳罰も、死すらも、もはや恐れるに足らないのだ。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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