「元慰安婦の賠償請求を却下」日本はいまこそ国益の極大化に動くチャンスだ 韓国との「最悪の外交関係」の行く末 - PRESIDENT Online 「元慰安婦の賠償請求を却下」日本はいまこそ国益の極大化に動くチャンスだ 韓国との「最悪の外交関係」の行く末 PRESIDENT Online (出典:PRESIDENT Online) |
■苦難を乗り越えた政府間合意を受け入れられない慰安婦運動
韓国の元慰安婦と遺族が日本政府に損害賠償を求めた韓国慰安婦訴訟は、本年1月8日に第一次訴訟としてソウル地方裁判所で「原告(慰安婦)勝訴。被告(日本政府)の主権免除認めず」との判決が出た。だが、4月21日の第二次訴訟では「被告に対する主権免除を認め、原告の訴え却下」という真逆の判決が出たことにより、韓国でもちょっとした騒ぎになっている。
主権免除とは、国は外国の裁判所の管轄から免除されるということであり、国を被告とする裁判を他国は起こせないという国際法上の原則である。
韓国内における慰安婦運動の混乱は、少なくとも2015年に多くの苦難を乗り越えた政府間合意ができあがったにもかかわらず、これをどうしても受け入れられない一部の元慰安婦グループが激烈な反対運動を始めた時点にさかのぼる。
■本質的な差異があるとは思えない二つの反対運動グループ
この反対派グループには当時から二つの流れがあった。
第一次訴訟グループは、2013年から日本政府に対する調停を申し立て、これが2016年1月にソウル地方裁判所で受理された。原告は12名で、判決時点で生存者は李玉善氏ほか4名。元慰安婦の支援を謳う社会福祉法人「ナヌムの家」(編集部注=ナヌムは韓国語で分かち合い。ソウル近郊の京畿道広州市に同名の施設を持つ)が支援し、「民主社会のための弁護士会」(民弁)という支援組織がつくられている。
第二次訴訟グループが動き出したのは政府間合意から1年後の2016年12月からで、原告慰安婦20名、判決時の生存者はここも4名となっている。この中には、元慰安婦支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺隊協)のリーダーで2020年4月の選挙で与党「ともに民主党」から比例区当選した尹美香氏(同年9月寄付金不正流用疑惑で在宅起訴)、同年5月に尹美香氏を公開批判した李容洙氏という「著名人」が顔をそろえており、挺隊協の発展形である「正義記憶連帯」が直接の支援をしている。
日本から見ればこの二つのグループに本質的な差異があるとは到底思えないが、なぜこのような異なった判決が出たかについては諸説がある。
■韓国の司法には相当根の深い「異見」がある
第一は、文在寅大統領が、バイデン政権下でアメリカから「日韓の連携」を強く求められることを予測し、1月18日の記者会見で、原告勝訴の判決に「少し困惑」し、「2015年合意は公式合意」と発言、法曹界もその意向を忖度する動きが出て、これが4月21日判決の背景になったという見方である。
第二は、内政的には、4月7日行われたソウル市長、釜山市長をはじめとする再・補欠選挙で、保守系野党が圧勝し、21の自治体で行われた選挙の中で、与党が勝ったのは4人のみとなったためと見るものである。来年の大統領選挙で保守系候補が勝てば、日韓関係の改善を求める可能性があり、一次訴訟を担当した裁判官の3人が「異動」したこともあり、裁判官が保身を図ったとの見方もある。(佐々木和義、「デイリー新潮」4月23日)
さらに第三に、もともと1月の時点から、第二次訴訟は、1月8日判決とは違う判決を出す予定であり、二つの判決の整合性をどうとるかが慎重な検討対象になっていたという説がある。その結果、判決日が4月21日に延ばされたという分析が1月30日に現れている。
大統領の意向とは違った次元で、韓国の司法には相当根の深い「異見」があるようである。(堀山明子毎日新聞ソウル支局長「韓流パラダイム」2021年1月30日)
1月8日の判決を出したソウル中央地方法院民事34部が2月の定期異動で構成員が変わった後(部長がキム・ジョンゴンからキム・ヤンホへ)、3月29日に判決の一部を覆し、「訴訟費用を日本政府が負担する必要はない」と判示したのも両訴訟を同じ方向性に合わすための周到な用意のように見える。
■「元慰安婦第二次訴訟」の最も重要なポイント
いくつかの楽観を許さない要因(後述)があるとはいえ、元慰安婦訴訟に主権免除を適用するという今回の判決は日本政府にとっては朗報であることは間違いない。
今回の元慰安婦第二次訴訟の最も重要なポイントは、この判決が主権免除の対象になるかならないかの論点のみにしぼってなされている点にある。(渡邊康弘FNNソウル支局長、4月22日の判決テキスト解題による)
第一に、慰安婦に対する日本政府の行為は、強硬規範に違反した反人道的なものなので、主権行為として日本政府はその責任を免除されないという原告側主張に対し、「主権免除は、国家の主権的な行為であれば行為の性質いかんにかかわらず免除される」という最も本質的な点が指摘されている。
第二に、国際司法裁判所(ICJ)の先例で、ドイツがイタリアに対して行った行為に主権免除を認めたのは、ドイツとイタリアが戦争状態にあったからであり、日本の植民地であった韓国と日本は戦争状態になかったので日本の主権免除は認められないという原告側論拠に対しては、「日中戦争や太平洋戦争を戦っていた日本にとっては本土だけではなく韓国・台湾も銃後の民として日本の主権的行為の中に入るものであり、従って主権免除は認められる」と判示した。
第三に、この訴訟は元慰安婦の最後の救済手段なので却下してはならないという原告主張に対しては、「2015年合意により、死亡した元慰安婦を含む240人のうち、41.3%に当たる99人に現金支援が行われたとし、原告を含む慰安婦被害者のための大まかな救済手段が用意されたことを否定することは困難」と断じた。
■「訴訟費用を日本から徴収してはならない」という歩み寄り
もちろんこれですべての法的問題点が解決されたというにはほど遠い。
①第一次訴訟について「訴訟費用を日本から徴収してはならない」という歩み寄りが始まったとはいえ、両訴訟を今後どう融合していくのか。
②第二次訴訟においても、慰安婦制度そのものは、国際人権法などに違反する行為としてこの事件被害者に対する深刻な人権被害であると定義している。
③地裁レベルでの判断が仮に融和されたとしても、両訴訟の原告元慰安婦は、高裁―最高裁と上訴する権利があり、報道ではそのような動きに出るとされ、その結果がどのようになるかは不明である。
④さらに、ICJへの提訴について、第二次訴訟原告の李容洙氏は2月16日大統領府にICJ提訴を訴願。日本側でも1月8日判決直後に政府筋がICJ提訴を検討し始めたという報道が現れた。ICJへの提訴は国によってのみなされるので、4月21日判決後は、この問題は当面韓国政府の判断待ちになると思うが、この新しい法的な手段が今後の日韓歴史問題にどのような影響を与えるかは、現時点では予測できないものがある。
■今回の判決は、日本政府の立場を明確にバックアップしている
さてわが日本政府は、この判決に対してどのように動いたらよいのか。
4月21日、茂木敏充外相は衆議院外務委員会で「判決が主権免除についての日本政府の立場を踏まえたものであれば、適切なものと考える」と条件付きながら評価したが、その後大きな動きはみられない。
上述のように、たくさんの不透明性があっても、私はいま、日本政府は重大な分岐点に差し掛かったと思う。
茂木大臣が述べられたように、今回の判決は、主権免除に関する日本政府の立場を明確にバックアップするところがある。その背景に、いかなる動機と目的と手段があるかを私は明確化できないが、背後に文在寅大統領がいると考えるのが自然と思う。
そうであるとすれば、日本政府として、このような動きを歓迎し、日本としてできることはやりましょうという動きに出ることが最善だと思う。
これこそ外交の出番だと思う。
■韓国との「最悪の外交関係」は日本の国益にはマイナス
元慰安婦に関しては、文政権が一方的に壊した2015年合意を復旧することへの協力が、日本としてできる一つの方策だと思う。しかし、それに限られない。韓国側からたびたび聞こえてくる「何か自分たち(元慰安婦)の心に響くような発信をしてください」という声にこたえる方策はないだろうか。
そのような外交に向かって日本が動き出すというシグナルは、慰安婦問題に限らず、日韓関係全体をもっと温かいものにする可能性をはらむ。絶対に成功するという保証はできないが、やってみる価値はあるのではないだろうか。
なぜなら、それが日本の国益だからである。韓国との外交関係開設後最悪という不正常な状況は、私にはどうしても日本の国益になるとは思えない。米中対立で緊迫する北東アジアで日本の国益を極大化していくためには、韓国と手を組み、お互いに裨益(ひえき)するところを拡大していくことこそが、肝要ではないだろうか。(2021年4月27日記)
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京都産業大学客員教授、静岡県対外関係補佐官
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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