感染者激減、なぜ英国はワクチン接種で先行することができたのか(JBpress) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 感染者激減、なぜ英国はワクチン接種で先行することができたのか(JBpress) - Yahoo!ニュース Yahoo!ニュース (出典:Yahoo!ニュース) |
(黒木亮・作家)
筆者が住む英国では、国民の49.6%がワクチンの1回目の接種を終え、先進国のトップを走っている(2位米国41.9%、3位フィンランド27.6%)。今も毎日40万~50万人のペースでワクチン接種が進められており、変異種ウイルスが猛威をふるった1月には1日6万人超だった感染者数は2000人以下に、最高で1823人を記録した1日の死者数は10人前後へと激減した。昨年3月から(時期によって強弱の差はあれ)ずっと続いてきたロックダウン(外出制限)も徐々に緩和されつつあり、5月17日には海外旅行が解禁され、6月21日には社会的制限のほとんどが解除される予定である。
なぜ英国が世界に先駆け、これほどワクチン接種で先行することができたのか。その取り組みに迫ってみたい。
1年以上前から大規模接種計画に着手
英国がワクチンの大規模接種の計画立案に着手したのは昨年1月10日で、まだ国内で最初の感染者が確認されていない段階でのことだ。日本で河野太郎氏がワクチン担当大臣に任命されたのが今年1月18日なので、1年以上先行していることになる。
マット・ハンコック保健相(42歳)は、2020年中に大規模な接種を開始することを目標に掲げ、昨年4月、首相直属の「ワクチン・タスクフォース」を立ち上げ、トップにケイト・ビンガム氏(55歳)を据えた。オックスフォード大学の生化学の学位とハーバードのMBAを持つ女性で、バイオテクノロジー企業への投資に長く携わってきたベンチャーキャピタリスト(未公開企業投資家)である。
金融手法でワクチンを「青田買い」
10人の運営メンバーからなるタスクフォースの最大の任務は、英国に必要な量のコロナワクチンを確保することだった。ビンガム氏は「任命されたとき、コロナワクチンが果たして完成するのか、それはいつになるのか、まったく分からない状態だった」と述懐している。
そうした状況下、世界に300件程度あったワクチン開発計画の中から有望なものを特定し、第Ⅰ相・第Ⅱ相・第Ⅲ相の各試験(治験)、薬事申請、同承認、製造開始など、研究開発の各段階ごとに「マイルストーン・ペイメント」を行なった。これは一定の目標をクリアするごとに支払われる前払金で、ベンチャーキャピタルの手法だ(開発の見込みがなくなれば、その時点で停止される)。こうして最終的に、アストラゼネカ、ファイザー、モデルナ、ノヴァックス、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどから4億5700万回分以上(1人2回として全人口の約3.4倍分)を確保することに成功した。
またタスクフォースは、約30万人に上る治験ボランティアを集め、治験の分析結果をデータベース化し、ワクチンの開発に役立てた。
要は、でき上るのを待って売ってもらいに行くのではなく、資金を出しながら開発と製造に関与し、青田買いしたのである。英国に限らず、コロナワクチンは争奪戦で、1回目の接種率で世界トップ(62.2%)のイスラエルは、軍の情報機関がワクチン情報を収集し、ネタニヤフ首相自ら米ファイザーと17回の直接交渉を行って、十分な量を確保している。
注射打ちのボランティアを1万人養成
ワクチン・タスクフォースがワクチンの調達を進めるのと並行して、保健省傘下のNHS(国営医療サービス)が1日数十万人規模のワクチン接種計画の準備を進めた。病院、薬局、教会、モスク、サッカースタジアムなど、英国全土に3100カ所以上(イングランドで約1500カ所)の接種会場を設けるには、会場の選定、接種手順の策定、各会場の担当者との打ち合わせ、冷蔵が必要とされるワクチンの通関・輸送方法、データ管理の方法、人員の確保・シフト策定など、相当な量のロジスティクスが必要である。
こうした準備を進めるうちに、去年の夏くらいまでには、医師と看護師の数が足りないという問題にぶち当たり、それを克服するために、昨年10月にヒト用医薬品規制(Human Medicines Regulations 2012)を改正し、医療資格のない人でもワクチン注射を打てるようにした。
英国には、前例や常識にとらわれず、敢然と合理性を追求する文化がある。1970年代の経済危機に際しては、国営企業をあらかた売り飛ばし、1980年代には自国の証券会社がつぶれたり買収されたりするのもかまわず金融市場を開放し、1990年代には電力市場を開放し、電力会社の3分の2が外資になったりした。
注射打ちのボランティアには誰でも簡単になれるわけではない。18~69歳で、大学進学に必要な学業修了認定を受けていることが条件で、応急措置の訓練と実践を行う世界的な慈善団体「セント・ジョン(聖ヨハネ)・アンビュランス」(本部・ロンドン)の申し込みサイトで、志望動機、過去のボランティア経験、過去10年分の住所など、膨大な量の質問事項に回答し、犯罪歴の有無をチェックされた後、約30分のビデオ面接を受けて人柄などを評価され、コロナウイルスの仕組み・免疫の働き・個別のワクチンの特徴や取り扱いや保管方法・アレルギー反応や心臓発作に対する応急措置・被接種者とのコミュニケーションの取り方などに関して8時間のオンライン学習、丸1日の実技研修を受け、試験に合格することが必要で、応募者のうちコースを修了して合格できるのは20%以下と言われる。
女王も首相も率先してワクチン接種
英日刊紙「ザ・タイムズ」の記者が注射打ちのボランティアに応募し、実技研修の模様を記事にしていたが、防護服の着用方法、被接種者への対応方法、応急措置などの実技を教えるインストラクターの1人は、セント・ジョン・アンビュランスの「非常に優秀なティーンエージャー」(おそらく16歳)だったという。また注射の打ち方は看護師が指導したそうである。
同団体は、約1万人の注射打ちのボランティアの他、会場で被接種者のケアや緊急時の対応をするボランティア約2万人も養成している。
これらの人々を含め、イングランドでは10万人規模の無給のボランティアがワクチン接種に携わり、受付、会場整理、データ入力、医師や看護師のサポートなどを行っている。筆者は自宅の近所の薬局で接種を受けたが、受付も案内係も60歳代くらいの白人の婦人だった。英国で暮らしていてると、敬虔なクリスチャンが、色々なところでボランティアとして働いていることに感心させられる。
こうしてワクチン・タスクフォースとNHSが同時並行で準備を進め、昨年12月2日に、英国は世界で初めてアストラゼネカのワクチンを承認し、12月8日に90歳の女性を第1号として、ワクチン接種プロジェクトを開始した。今年1月9日には94歳のエリザベス女王と99歳のフィリップ殿下も1回目の接種を受け、3月には年齢の順番がきたボリス・ジョンソン首相もアストラゼネカ製のワクチンの接種を受けた。
大きな武器になった電子化された行政
英国のワクチン接種がスムーズに推進されたもう1つの要因が、進んだ行政の電子化だ。
筆者は以前、2001年に粉飾決算で破綻した米エネルギー企業エンロンについてのノンフィクション・ノベル『青い蜃気楼~小説エンロン』を書いていて、米国ではすでにその時点で、裁判所に対する破産手続き開始の申請書類の提出が電子化されていたのに驚いたことがある。現在、日本で、裁判所関係の書類で電子化されているのは、簡易裁判所の督促手続きくらいなので、残念ながら20年以上米国に後れをとっていることになる。
英国では税務申告手続きなども完全に電子化されており、筆者は2010年に英国の国税当局の税務調査を受けたが、その時も、領収証や銀行の取引明細といった関係書類の提出は、すべてスキャンしてPDFファイルで送り、先方との話し合いもすべてメールと電話で、互いに顔を見ることもなかった。
ワクチン・タスクフォースの長を務めたケイト・ビンガム氏は、ロンドン市内にも住まいを持っているが、家族と住む家はウェールズの自然豊かなワイ・ヴァレー(Wye Valley)にあり、ほとんどそちらにいて、タスクフォースの仕事はZoomを活用してやったそうである。
接種の予約も完全電子化
英国では必ずNHS傘下のGP(General Practitioner=家庭医・総合診療医)に登録することが必要で、病気にかかると、最初にGPに診てもらい、そこから専門医を紹介してもらわなくてはならない。日本に比べて面倒で時間も余分にかかるシステムだが、日本で病院のカルテの電子化率が46.7%であるのに対し、英国は100%である。これが今回奏功した。
英国のワクチン接種は、医療・介護従事者、80歳以上、介護施設入居者などが最優先され、次に70歳代と基礎疾患(高血圧、糖尿病、がん、呼吸器系等)のある人が対象になり、その後、5歳刻みで対象年齢が下げられ、今は44歳まで下がった。各GPは、カルテのデータから基礎疾患のある人を抽出し、電話やテキストメッセージで個別に「ワクチンの接種ができますよ」と連絡を入れたのである。同時にNHSが、全対象者にワクチン接種の案内状を送った(従って、基礎疾患のある人には二重で連絡が行った)。
接種の予約も完全に電子化されている。まずパソコンやスマートフォンでNHSのウェブサイトにアクセスし、NHS登録番号、生年月日、郵便番号などを入れ、健康状態に関する問診票にチェックを入れて回答する。次が接種会場の選択で、トイレの有無、点字による表示の有無、車いすの有無など、自分が必要とする設備について選ぶと、自宅から半径5マイル(約8キロメートル)以内にある接種センターが10か所ほど表示される。サイトには「必ず2回目の接種も予約して下さい」と書いてある。なお、GPに電話して予約することも可能である。
接種のやり方も戦略的だった。新型コロナによる死者の4分の3が65歳以上なので、まずそこをターゲットに接種し、さらにワクチン製造メーカーの標準的処方では1回目と2回目の間隔を3週間程度とすべきとされているが、全成人に1回接種を受けさせたほうが、感染抑止効果があると考え、最長で12週間空けることにした(筆者は1回目と2回目は11週間空いている)。これは一種の賭けであるが、感染者数・死者数の推移を見る限り、今のところ成功していると考えられる。
ただし楽観はまだ禁物
以上の通り、英国のコロナワクチン接種の成功は、早々と大規模接種計画を戦略的に立案し、それをぶれずに推し進め、ボランティアの力と電子化された行政システムをフル活用した成果である。
ただし楽観はできない。政府は、ロックダウンの段階的解除で感染者が再び増えると予想しており、状況が順調に好転しなければ、再びロックダウンに逆戻りする可能性もある。
イングランドで一般の商店が再開され、人々がどっと繰り出した4月12日には、商店内でのマスク着用などのルールを守らせるため、パトロールする警官や自治体職員の姿が普段より多く見られた。去る4月24日にはロンドン市内のハイドパークで、ロックダウンに抗議するデモ隊が警官に瓶を投げつけ、8人の警官が負傷し、うち2人が病院に搬送され、5人が逮捕されるという事件も起きた。
英国の非常時科学諮問委員会(SAGE)は、ソーシャル・ディスタンシングの維持やマスク着用などは向こう1年間は継続すべきだとしている。今年秋から冬にかけて、新たな感染の波が来るともいわれており、今あるワクチンが次々と現れる変異ウイルスに有効かどうかも定かではないので、治療薬・ワクチンの開発と感染のいたちごっこは当面続きそうだ。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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