3月8日は「国際女性デー」だ。国連は今年の国際女性デーのテーマを「持続可能な明日に向けて、ジェンダー平等をいま」としている。しかし、日本社会の置かれた状況を見ると、「ジェンダー平等」「男女共同参画」は、遅々として進んでいないという現実がある。
「平成の停滞した日本経済を指す『失われた30年』という言葉がありますが、この期間は女性の社会進出という面でも『失われた30年』です」
そう語るのは、国際人権法やジェンダー論を専門とする法学者の谷口真由美氏だ。谷口氏は、昨年まで日本ラグビー協会の理事を務めた経験から、日本社会の「男性中心主義」「序列主義」の問題点を問う新刊『おっさんの掟』を上梓したばかり。谷口氏は、日本社会で女性登用が進まない本質的な理由を同書でこう語っている。
◆ ◆ ◆
社会のあり方は「おっさん中心主義」のまま日本は1985年に世界の女性の憲法と言われる女性差別撤廃条約を批准、同年「男女雇用機会均等法」も成立しました。それから平成30年間を経て、働く女性こそ増えたものの、「おっさん中心主義」の社会のあり方は根本的には変わっていません。
セクハラ、マタハラ(マタニティハラスメント)など女性へのハラスメントは減少したと言えませんし、「最近になってようやくそのような概念の存在を知った」という男性も残念ながら少なくないでしょう。
数字の上でもその停滞ぶりは明らかです。日本政府は約20年前から「202030」という政策を進めていました。これは2020年までにすべての公職における女性リーダーを30%にするというものです。また、民間企業の女性管理職の割合も増やすよう求めていました。
しかし、この目標は達成できず、政府は2030年代に指導的地位にある男女の比率が同水準になることを目指すという方針に変更しました。経団連も「2030年30%のチャレンジ」として「2030年までに役員に占める女性比率を30%以上にする」としていますが、2021年7月の内閣府調査によると、東証1部上場企業の3分の1は、いまなお女性役員がゼロとなっています。
また、2021年10月の解散総選挙は、男女の候補者数をできる限り均等にするよう政党に求めた「政治分野における男女共同参画推進法」が成立して初めて行われた衆議院選挙でした。ところが、当選者に占める女性議員の割合は9.7%に過ぎず、前回衆院選を下回る結果となっています。
これでは、女性の意見が通るはずがありません。
女性は社会のさまざまな場面でマイノリティになっているちょっと想像していただきたいのですが、あなたを含めたお友達10人が「焼き肉とお寿司、どっちを食べに行こうか」となったとします。ひとりが焼き肉、9人がお寿司と希望を言えば、当然「お寿司」ということになるでしょう。ふたりが焼き肉、8人がお寿司でもそれは変わらない。
では、3人が焼き肉で、7人がお寿司だったとします。そしたら「焼き肉派」の意見もようやく考慮されるようになる。つまり多数決が原則の社会において、「マイノリティの意見」が認識されるのは3割を超えてからがやっとで、それまでは見向きもされないわけです。
私がよく耳にするのは「大事なのは優秀な人材が登用されることだ。30%と割合を決めると『女性なら誰でもいい』となり、優秀な男性を排除する“逆差別”になりかねない」という意見です。しかし、それは人口比で言えば男性とほぼ同数であり、マジョリティであるはずの女性が、社会のさまざまな場面でマイノリティになってしまっているという構造的矛盾から目をそらしています。
マジョリティの側が意識して、政治的、政策的なルールを作って手立てを打たなければ、女性に限らず、マイノリティはずっとマイノリティのままなのです。
また、「30%」を実現するための「高い壁」の正体がなんであるかという議論が進んでいないことも、大きな問題です。
「谷口さんはオンナやし、どうせわからへんやろ」先ほど申し上げたハラスメントの問題に加え、相変わらずの性別役割分担観念、女性の経済的な問題など、その要因は数多くありますが、やはりもっとも大きく立ちはだかっているのは「自らがマジョリティであることに、いまだ無自覚なおっさんが多すぎる」という問題でしょう。
私のラグビー協会での2年間で、「マジョリティによるマイノリティ排除の空気」を嫌というほど感じました。
もちろん法人準備室長、審査委員長という重責を任されたこともあり、私のことを尊重してくださった協会の皆さんも多かった。とくに若手スタッフにはラグビー界の改革を真剣に考えている人も多く、彼らからの期待は強く感じていました。
しかし一方で、「つねに蚊帳の外」という雰囲気もありました。
「あぁ、谷口さんはオンナやし、どうせわからへんやろ、しゃーない、しゃーない、ええよ、ええよ」みたいな。これは一種の気遣いとも言えますが、そこには「俺たちのやり方がわからんヤツは、口を出さんでいい」みたいな“排除”の空気も感じられたのです。
「女性だからわからないだろう」「選手の経験がないから」「ヨソから来た人間だからしゃーないわ」みたいな三重のマイノリティであるために、組織のルールや内輪の論理がわからず、なかなか議論に踏み込んでいけない。私みたいなズケズケ言う性格ですらそうなのですから、ほかの女性理事はもっと大変だったと思います。
男性中心、年功序列など「従来のルール」の改革を「話が長い」と揶揄されるくらい、女性理事はみなさん頑張って言うべきことを言ってきましたが、圧倒的に協会側との情報量が違うため、どうしても最終的な意思決定は、協会幹部に一任せざるを得ないことも多かったのです。
社会における女性比率の底上げをルール化することはもちろん重要ですが、こういった「マジョリティとマイノリティの情報格差」を改善すべく真剣に取り組まない限り、いくら数字だけの女性登用を推し進めても、決して本質的な問題解決にはならないでしょう。
何度かお話ししたように、スポーツ庁は競技団体の女性理事の割合を40%以上とするガバナンスコードをつくり、男女のギャップ解消に取り組もうとしています。ラグビー協会もその方針に沿って女性理事を増やし、私が理事を外れた2021年6月の役員改選で女性理事を25人中10人にし、女性比率を40%まで引き上げました。
しかし、そこで選ばれた女性理事が、協会を引っ張っていけるかと言えば、それほど簡単ではありません。男女の「数」だけではなく、「機会」そして「情報量」を均等にすること、「サポート体制」と「心理的安全性」が確保されることがなにより大事だと思います。
「心理的安全性」とは、「組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態」のことを指します。近年、「生産性が高いチームは心理的安全性が高い」という研究結果が発表されたことから注目されている概念で、この概念を掘り下げた書籍『恐れのない組織』(エイミー・C・エドモンドソン著・英治出版)はベストセラーになっています。
権力をもった男性が中心となってルールをつくり、招き入れた女性たちに「俺たちのルールに従え」と強要するだけでは、未来は拓けません。それは私のラグビー協会での2年間を見ても明らかです。
アリバイ的に女性を多く登用しても、男性中心、年功序列など「従来のルール」に手をつけなければ結果的になにも変わらなくなってしまう。組織の意思決定者が考えるべきは、これまで当たり前のように固定化されてきた「おっさんの掟」を意識的に改革していくことなのです。
(谷口 真由美)

(出典 news.nicovideo.jp)
| ゲスト 男と女は戦争してる訳ではない。人数を同じにしたら平等になるはずがない。人間同士を平等にしてればいいだけ。適材適所。 能力や投票(民主主義)を無視して「人数」を同じにしたがるのは「民主主義の破壊」の革マル思想。また女をねじ込む場合、選挙やテスト以外なのだから「出生主義」「家柄」になる。これは中国の得意技。 |
| ゲスト ▲ 「女性の社会進出」は複数利権。 「電通&博報堂」。在日系であり日本を少子化にしたい。 「経団連」。女性の奴隷化をして労働者を増やしたい。少子化になっても知らない。 「女性団体」公明党&日弁連。JR労組とスブスブでお馴染み。国交省の大臣は代々公明党 TBS毎日新聞。余命1カ月の花嫁はマンモグラフィー利権で、公明党利権 |
| ゲスト ■女性差別だ!と言うのなら、「実力主義社会にしろ!」と言うのが筋であり、「女性枠」でねじ込むのは「差別のやり返し」でしかない。男と女は戦争してる訳ではない。 女性枠でねじ込むのは、つまり「投票」を軽視し、特別枠の使用であり、これは「民主主義の破壊」に他ならない |
| ゲスト 女性枠制度(クォータ制)を使わず、「完全にオープンな選挙」で男女比率が同じになったのならいい。 しかし、投票も能力も無視し、「普通に選挙してたら負けてた人」を、特別枠でねじ込んだ結果で「男女が同数だ〜!男女平等だ〜!」と自画自賛するのはお笑い草だぞ |
| ゲスト それはね、「女性が投票や試験で勝てるようになった」のではなく、「本当は勝てないんだけど女性枠でねじ込んだ」「本当は勝ってた男性を『男だから』と言う理由で落選させた」からだよ? 自慢できる事ですか? |






![[ltr]](https://livedoor.blogimg.jp/hayabusa1476-3w61qc1e/imgs/9/d/9d781f4a.jpg)

コメント
コメントする