■タリバンは「傀儡政権を倒して新国家を樹立」と宣言
アフガニスタンのイスラム原理主義・反政府武装集団だったタリバンは8月15日に電撃的な勝利をおさめ、8月19日には「アフガンイスラム首長国」建国を宣言した。
102年前(=1919年)のこの日、アフガニスタンはイギリスの統治から独立を果たしており、その後毎年「独立記念日」として祝賀してきた。この日を選んで建国宣言をしたのは「外国による占領からアフガン人が独立するのだ」というメッセージを込めている。
2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ(9・11事件)の主犯はイスラム過激主義集団アルカイダのリーダーであるウサマ・ビン・ラディンであるとして、アメリカは当時のタリバンが支配していたアフガニスタンに匿(かくま)っていると言われたビン・ラディンの引き渡しを要求した。
それを拒絶したのでアメリカがアフガニスタンを軍事攻撃してタリバン政府を崩壊させ、アメリカの言う通りに動くアフガニスタン政府を新たに設立させたのである。だから「アメリカという外国」によって統治されていたアフガン傀儡政権を倒して新国家を樹立させるので、独立記念日を選んだというわけである。
■中国とロシアがアフガニスタンから撤退しないワケ
「国家」として承認されるには、まだ時間がかかるだろう。しかし、すでに世界は「アメリカの敗北と衰退」および「武力攻撃による他民族国家の支配は失敗に終わる」という事実を認識しつつある。
何よりも米兵や米大使館関係者がアフガン市民を払いのけてカブール空港から退避するさまは、「これまでアメリカに協力してきた同盟国の民を切り捨てる国家」というイメージを与え、アメリカは信用をなくしてしまった。特にタリバンから逃げたいとして飛び立つ飛行機にしがみついて落下し死亡した少年の姿は全世界に衝撃を与え、アメリカの衰退と非情を如実に表す映像として人々の目に焼き付いている。
一方、かつてはアメリカに呼応してアフガニスタンに派兵したNATOなど多くの国の駐アフガニスタン大使館が撤収に向けて慌てたのに対して、中国大使館とロシア大使館だけは微動だにしなかった。タリバンが勝利しても危害を加えられる危険性がないのをあらかじめ知っていたからだ。これはとりもなおさず、中国とロシアがいかにタリバンと水面下でつながっていたかを物語っていると言っていいだろう。
■まるでタリバンの代弁者のような中国の王毅外相
中国の王毅外相は、8月16日におけるロシアのラブロフ外相やアメリカのブリンケン国務長官との電話会談をはじめとして、8月18日にはパキスタンのクレシ外相およびトルコのチャブショール外相と、8月19日にはイギリスのラーブ外相と、8月20日にはイタリアのディ・マイオ外相と……という具合に矢継ぎ早に各国の外相と電話会談を行い、アフガニスタン情勢に関して話し合っている。
もちろんタリバン側に立ち、「彼らはテロ活動と完全に縁を断つと約束しているし、安定した政権運営をスタートさせようと積極的に動いているので、応援すべきだ」という方向のメッセージを数多く投げかけている。つまり、「国家」として認め、国交を結びましょうと呼びかけているわけだ。
まるでタリバンの代弁者さながらの王毅外相のこの動きの裏には、いったいどのような中国の事情と狙いが潜んでいるのだろうか。
■「一帯一路」の最後のピースだったアフガニスタン
図表1に示す地図から分かるように、習近平政権が掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」をつなぐ上で、アフガニスタンは流れを中断させるアメリカの傀儡政権だった。
赤で囲んだ中央アジア5カ国は、1991年12月26日にソ連が崩壊した後、1週間の間に中国が駆け巡って国交を結んだ国々だ。石油パイプラインの提携国であると同時に、ロシアも入れた上海協力機構という安全保障の枠組みの重要構成メンバーでもある。
緑で囲んだ中東の国々は、3月31日のコラム<王毅中東歴訪の狙いは「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」>で書いた、王毅外相が歴訪した国々だ。
赤い矢印は「パキスタン回廊」から中東に抜けていく「一帯一路」の流れの一部だが、これまではアフガニスタンだけがつながっていなかった。アフガニスタンから米軍が撤退して中国寄りの政権が出来上がれば、先進諸国のヨーロッパを除いたユーラシア大陸が中国寄りの国々によって占められることが、この地図から明らかだろう。
事実、北に目を向ければ、プーチン大統領が「中露は歴史上かつてなかったほど親密だ」と言っているように、中露は仲が良い。中露に挟まれたモンゴルも親中でいられないはずがない。なんという巨大な経済圏が隙間なく出来上がってしまうことだろう。
■経済支援を交換条件に「反テロ」をタリバンに約束させた
そうは言ってもアフガニスタンと隣接する中国の新疆ウイグル自治区のウイグル族はイスラム教スンニ派が多く、一部の過激派が同じくスンニ派の多いアフガニスタンへと逃げてタリバンと通じ合い「東トルキスタン・イスラム運動」を起こしていたのではないかという疑念を抱かれる読者は多いにちがいない。
たしかにその通りで、そのため中国は「テロ鎮圧」を口実としてウイグル弾圧を強化しているくらいだ。しかし、これに関しては今年7月28日にタリバン代表団が訪中して天津で王毅外相に会い、「絶対にテロ活動を許しません」と誓いを立てている。
会談で王毅外相が「タリバンは、東トルキスタン・イスラム運動など全てのテロ組織と徹底的に一線を画し、断固として戦い、地域の安全と安定および開発協力の障害を取り除き、積極的な役割を果たし、有利な条件を作り出すことを期待している」と言ったのに対して、タリバン政治委員会のバラダール議長は「タリバンは、アフガニスタンの領土を使って中国に不利なことをする勢力を絶対に許さない」と応じたのだ。バラダールは新しく樹立されたタリバン政権大統領の有力な候補者になっている。
バラダールに対して王毅は「タリバン政権が誕生した後のアフガニスタン」に対して「強力な経済支援」をすることを、天津会談で約束している。それに対してバラダールは「中国がアフガニスタンの将来の復興と経済発展に大きな役割を果たすことを期待している。そのための投資環境を作っていきたい」と応じている。
この「投資環境」とは、中国が一歩も譲らない「絶対にテロを起こさせない状況」を指す。
ということは、タリバンと中国の間では「テロ活動と完全に縁を切ることを条件に中国が経済支援をする」という「交換条件」が成されたということを意味するのである。
■軍事攻撃での統治から経済支援での統治へ
物理には「相転換」という言葉がある。「相(フェイズ)」が突如、劇的に異なる状態へと変化することを指す。このたびのタリバン快進撃は、アメリカの覇権から中国の覇権へとフェイズが転換していくことにつながっていく。
それに伴って、アメリカが「相手国に処罰を与えるために、相手国を軍事的に攻撃し、相手国の統治体制を変えようとする手段」が破綻をきたし、それに代わって中国が「チャイナマネーで当該国を中国側に引き寄せていくという手段」が幅を利かす時代に転換しようとしていると言えるかもしれない。
アメリカがNATO軍を従えて2001年から20年もの長きにわたって支援してきたアフガニスタン政府は、軍や政府要人の腐敗により統率力を無くしていたし、その証拠にガニ元大統領はタリバンの猛攻撃を前にして国外逃亡してしまい、政府軍は完全に闘志を失ってしまった。そうでなくとも「米軍は8月末までに撤退する」とバイデン大統領は宣言してしまったので、その期限を9月11日まで延期しようと、もう遅い。後ろ盾を失ったアフガン政府軍が戦いを放棄したとしても不思議ではない。
アフガン政府の腐敗を招いたことも含めて、アメリカには統治能力がなかったことを意味している。せめてアフガン政府に「腐敗を無くし、自力で戦わなければ支援を打ち切るぞ」という「交換条件」を突き付けていれば何とかなったかもしれないが、支援するアメリカの方も漫然と20年間にもわたって1兆ドルにのぼるお金をアフガン政府統治に注いできたのだから、怠慢だったと言われても仕方ないだろう。
■アメリカより中国の方が統治能力が高いと評価されかねない
それに比べて中国は、チャイナマネーと軍事力で脅しを与え続けることによってタリバンをコントロールしテロ組織を撲滅させるという“交換条件”戦略を進めているので、もし成功すれば、統治能力がアメリカよりも高いと評価される結果を招く可能性がある。
そうなると米中の覇権争いに劇的な相転換が起きる「恐るべき現実」が、いま私たちの目の前に横たわっているということになろう。
もっとも、タリバンと深く関わっている習近平政権だが、その一方では、実はタリバンがテロ活動と完全に縁を切るか否かに関しては、本当は心底から信用しているわけではないようだ。
なぜなら8月9日に「反テロ」のための中露軍事演習をしたり、タリバン勝利後もなお、8月18日~19日にタジキスタンの首都で、やはり「反テロ」を目的とした軍事演習をしたりなどしているからだ。非常に用心深くタリバンをテストしながらでないと「国家として承認する」という結論を出そうとしていないことがまた、何とも興味深い。しばらくは成り行きを注目したい。
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中国問題グローバル研究所所長
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)など多数。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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