令和の社会・ニュース通信所

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    科学的

     みなさまのお悩みに、脳科学者の中野信子さんがお答えする連載「あなたのお悩み、脳が解決できるかも?」。今回は、いま世界中の人々が直面する「ヒトはなぜ戦争をやめられないのか」という難題に、中野さんが脳科学の観点から回答します。

    ◆ ◆ ◆

    Q 「戦争」をするか、「平和」でいるか。損得を考えれば、得なのは後者。ではなぜ、ヒトは戦争をやめられないの?

     これは私たちヒトの一大テーマですね。「平和」のほうがみんなが得をするに決まっている。穀物もエネルギーも安定的に供給され、移動の安全も確保され、今のようにロシアの上空を飛行できないなんてこともない。国境のセキュリティは緩和できるし、出入国も簡単になる──。それなのになぜ?

     この平和を成り立たせているのは、国家間でも個人間でも、利害の異なる者同士が「お互いに相手を信頼(することに)している」という前提です。

    「疑う」ことは、「信頼する」よりコストがかかるし、脳に負荷がかかります。もし夫が家に帰ってくるたびに頭の天辺からつま先までセキュリティスキャンしなければいけないとなれば、一緒に住み続けられないですよね。「自分に害意を持たない」と信じることのできる仲間を持つ。それこそが家族でいるメリットです。

     しかし、夫婦どちらかに「自分の利益を優先したい」という思いが生まれることがあります。たとえば、夫が「妻の利益は本来は自分のものである。パワーバランスの現状変更をしたほうが得だ」と考え行動に移したら、妻はまるく収まるならここは従っておこうと当初は思うかもしれません。

     しかしこれが長期にわたると、「自分があまりに損をしている。これは経済的DVだ」と認識し、夫に害意を持つようになる。かくして戦闘状態が始まります。

     夫婦を例に挙げましたが、戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。

     とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです。

     パンデミックもそうでしょう。新型コロナパンデミックでは、各国が海外からの渡航の受け入れを禁止し、ワクチンの確保に奔走し、自国の得を優先する事態になりました。

     こうした選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。

     私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。

     芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます。

    Q ゼレンスキー大統領の演説は、なぜ、これほどまでに心を掴むのでしょう? 彼が煽る「愛国心」もまた危険では?

     話の上手な人とは、実は話を聞くのがうまい人です。必ずしも話を聞かなくても、相手が話してほしいと思っていることを察し、話すことができる。最も上手な話し方は、相手の傷を埋めるように話をすることです。

    「理不尽な扱いを受けて悔しいね」「あなたが傷を抱えていることを僕だけは知っている。僕も同じ傷を抱えているんだよ」

     ……相手の心の傷を見抜いて、「それを埋めることができるのは僕だけだよ」と語りかける。一歩間違えると女たらしの常套句のようですが、実は人を説得するのにはこの方法が有効なのです。

     演説で人の心を掴むには、大所高所からモノを言うのではなく、感情に訴えるのが効果的です。聞く人の理性よりも情動を揺さぶるのです。ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。

     最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。

     日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした。

     メラビアンの法則という有名な心理学の法則があります。相手の見た目、音声、言語が矛盾している場合、人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%でした。

    タレント出身大統領メリットデメリット

     国を問わず、歌手やスポーツ選手、俳優が選挙で高い得票率をマークすることがしばしばあります。メラビアンの法則によれば、容姿をはじめとした身体性と心に響く声とを兼ね備えていると大衆の大きな支持を得やすいということになる。

     ゼレンスキー大統領はもともとコメディアンで、テレビドラマ大統領になる教師の役を演じました。日本でも堺雅人さんがドラマ半沢直樹」の終了後すぐに国政選挙に出ていたら、トップ当選していたかもしれませんね。

     ただ、こうした支持の高さは維持が難しいのです。ゼレンスキー大統領の支持率も2019年の就任時は80%あったものの急降下し、ロシア侵攻前はかなり下がっていました。少し時間が経てば、大衆はそれが一時的な熱狂だったかもしれないと疑念を抱きはじめます。

     ロシアからの侵攻を受け、抵抗する姿勢を示した後は再び91%という驚異的支持率になりました。就任時の高支持率も、民衆の側に立つ自らのパブリックイメージを大切にし、旧権力を民衆と自分の仮想敵として見せることに成功したからでしょう。

     一般論として、大衆の心を掴むことを企図するならば、仮想敵を設定し、その敵に対して果敢に立ち向かう自分を演出するのは極めて重要です。実際、世界各国で、首長を選ぶという段になると必ず近隣諸国のいずれかを仮想敵にする傾向があるようです。

     仮想敵に立ち向かうリーダーに魅了された大衆には厄介なところがあります。そのリーダーに懐疑的な人がいると、本質的にはたとえ中立的であったとしても、批判、非難が強まってしまう現象が起こりかねません。裏切り者とさえ言われる可能性も低くないでしょう。

     人は長く過ごした仲間に対する愛着と同様に、長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます。

     郷土から自分たちを追い出そうとする、あるいは郷土を破壊しようとするものに対して、オキシトシンは抵抗心を起こさせます。その抵抗心は、野生の母熊が子熊を攻撃するものに対して死に物狂いで戦うような激しい攻撃性として現れることもあります。この自然な反応に対して、疑念を抱いたり、客観的過ぎる意見を言ったりしただけでも、この攻撃の対象となってしまうことがあるのです。

     オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです。

    ◆ ◆ ◆

    ※全文は発売中の『週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号)』「特集 戦争入門―戦争に慣れないために」にて掲載。後半では、「この戦争で特徴的なのが、ネットSNSに溢れるフェイク情報や陰謀論。どう見極めれば、自分を守れますか?」「プーチンの独裁が問題視される中、フランスでは右翼のルペンが善戦。実は、ヒトは民主主義が苦手なんですか?」といった問いに回答します。

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    読者の皆様のお悩みを、woman@bunshun.co.jpか(件名を「中野信子人生相談」にしてください)、〒102-8008 千代田区紀尾井町3-23「週刊文春WOMAN」編集部「中野信子の人生相談」係までお寄せください。匿名でもかまいませんが、「年齢・性別・職業・配偶者の有無」をお書き添えください。

    textAtsuko Komine

    (中野 信子/週刊文春WOMAN 2022夏号)

    中野信子さん ©文藝春秋


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【専門家】「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます】の続きを読む


    要は「教養の基礎体力」が大事と言うこと。

    1 NAMAPO ★ :2022/06/12(日) 22:36:03.01
    池上彰「ワクチンは怖いもの」と信じている人はロシアや中国の情報操作にまんまとひっかかっている★4

    大切なのは「教養の基礎体力」

    たとえば「ワクチンの中にマイクロチップが入っていて、世界の人々をコントロールしようと
    している」という陰謀論。こういう話がまことしやかに出てくるのですね。でもどうやって
    マイクロチップをワクチンに入れることができるのか。そんな目に見えないようなマイクロ
    チップが開発されれば、その時点で大きなニュースになるはずです。そう考えるとおかしな話です。
    そこで「そんなチップ自体、開発されていないぞ」と、常識的な判断ができるかどうか。

    非常に巧妙なデマもあります。こういうデマにひっかからないようにするには
    どうしたらよいのかというと、それは「教養の基礎体力」だと思うのです。

    今回、mRNA(メッセンジャーRNA)を使って極めて早くワクチンをつくることができました
    。新しい技術のワクチンとなると、不安になる人も多いのはわかります。このmRNAワクチン
    についても、「ワクチンを打つと遺伝子が組み換わる」といったようなデマが広まりました。

    でも高校の生物の教科書を見ると、そもそも最初のところに「DNA」と「RNA」についての
    解説もありますし、mRNAは「伝令RNA」として、あくまで遺伝情報を伝えるメッセンジャー
    であるということが書いてあります。高校生のときにきちんと学んでいれば、理解できたはずなのです。

    ワクチンに関する警戒心を招いたのは、1998年にイギリスの医師が発表した捏造論文がきっかけ
    だったといわれています。「三種混合ワクチン」という名前を聞いたことがあると思います。
    麻疹(M)、おたふく風邪(M)、風疹(R)の3種の病気を予防するワクチンです。頭文字から
    MMRワクチンと呼ばれます。これが「自閉症の原因である可能性がある」と指摘した論文を
    イギリスの医師が定評のある学術雑誌『ランセット』に掲載したのです。

    医師は、三種混合ワクチンをやめて麻疹単独のワクチンに変更すれば安心と主張しました。
    実は、この医師が前年、新しく麻疹単独ワクチンの特許を申請していたのです。MMRワクチンを
    麻疹単独のワクチンに切り替えれば、自分が莫大な利益を得られるというわけです。自分の
    ためにこんな論文を発表したということですね。 

    この論文が発表されて以来、世界中でワクチン接種が激減しました。麻疹患者が増え
    続けています。この論文が信じられてしまったのは、三種混合ワクチンの接種時期が
    ちょうど生後12カ月から15カ月で、自閉症の症状が明らかになってくる時期と一致していたから
    です。ワクチンと自閉症、因果関係があると誤解されてしまったのです。

    今回、新型コロナウイルスワクチンに関しては「不妊症になる」というデマも拡散されました。
    こうしたデマの出所として、ロシアと中国が名指しされています。

    2021年4月、欧州連合(EU)は、ロシアと中国の国営メディアが、西側諸国のワクチンに対する
    不信感を強めるために偽情報を流したという報告書を発表しています。自国製のコロナワクチンが
    あまりに不人気なものだから、アメリカやドイツが製造したワクチンの信頼性を損ない、自国製の
    ワクチンの安全性をアピールする意図があったというのです。

    ワクチンを受ける、受けないはもちろん個人の自由ですが、中にはフェイク情報を真に受けている
    人も多いようです。「ワクチンは怖いもの」と信じている人は、ロシアや中国の情報操作にまんまと
    ひっかかっているのかもしれません。

    (抜粋)
    https://bunshun.jp/articles/-/54810

    ★1 2022/06/12(日) 21:53:34.17

    ※前:https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1655038414/

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     タレントのフィフィが6月9日ツイッターで、韓国の尹錫悦大統領が日韓関係改善に前向きなコメントしたニュースを受け、「“日本との協力”なんて言葉を使わずに、ちゃんと“日本からの援助が必要です”と言えばいい」とバッサリと切り捨てた。フィフィは続けて、「あと、歴史問題にしても、ボールは韓国の側にある。日本に擦り寄る前に、しっかりと歴史問題を韓国がどう解決するつもりか示すべき」と主張した。

     韓国に新大統領が誕生したことを受けて、日本に関する発言が報じられたニュースだが、ネット上では「フィフィさん、いつも以上に韓国国民に怒ってらっしゃる! 冷たいようだけど、静観しどんな行動を取るか見定める必要がある」「指導者が代わっても国の本質は変わらない」「どの大統領も、就任直後は『過去に縛られない。未来志向』って言うもんな。で、内政がうまくいかなくなると蒸し返すのよ」といった声が聞かれた。

     ​>>フィフィ、議員たちは「ハニトラに引っかかる気満々」 スパイ防止法制定に消極的な現状を指摘<<​​​

     フィフィは他のツイートでも、「日韓関係改善? 韓国経済どん底、喉から手が出るぐらいドルが必要なだけでしょ」「だいたい日韓の歴史問題なんて存在しない。それデタラメの歴史で韓国が大騒ぎしてきただけ」「ちゃんと歴史勉強したら分かること。日本政府もしっかりしなよ」といった韓国や日本政府に対する厳しい言葉を続けた。

     さらに、フィフィは「米国は日韓関係改善を望んでいる」としながら、「日本にはメリット無いからね、米国からの圧力もあるだろうけど、ちゃんと韓国には条件突きつけた方がいい、あと距離も保って」と日本政府への要望もツイート。こちらには、ネット上で「適切な距離を保つことは本当に重要ですね」「本当にそう思います。スープの冷めない距離というか、適度な距離を持ち、適度な関係がちょうど良いと思います」といった共感の声が聞かれた。

    記事内の引用について
    フィフィのツイッターより https://twitter.com/FIFI_Egypt

    フィフィ


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    ミンスク合意を実行できないのも、ロシア側は分かっていたと思いますが・・・

    ロシアプーチン大統領は、なぜウクライナ侵攻を決断したのか。ビジネスブレークスルー大学学長の大前研一さんは「ゼレンスキー大統領は、対ロシア外交で致命的なミスを犯した。プーチン氏からすれば、ゼレンスキー氏こそが『紛争の種を蒔いた張本人』という気持ちだろう」という――。

    ※本稿は、大前研一『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

    ■西側諸国はゼレンスキー大統領を英雄視するが…

    ロシアの軍事侵攻が始まって以来、首都キーウキエフ)にとどまって、連日悲痛な顔で徹底抗戦の意志を発信し続けるウクライナウォロディミル・ゼレンスキー大統領の姿を、西側メディアは英雄であるかのように報じている。また、多くの西側諸国において、ゼレンスキー氏に議会でオンライン演説をさせて、拍手喝采で迎えている。

    だが、プーチン大統領になり代わって“ロシア脳”で考えてみると、ゼレンスキー氏は決して英雄ではない。むしろ、彼こそが今回の紛争の種を蒔いた張本人だと言っていい。

    実際、彼がウクライナ大統領でなければ、プーチン氏も国境を越えて自国の軍隊を送り込むなどという暴挙に出ることはなかっただろう。

    ■低迷する支持率対策で「NATOとEU入り」を表明

    ソ連崩壊により1991年に独立を果たしたウクライナでは、レオニード・クチマ、ヴィクトル・ユシチェンコ、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチユーリヤ・ティモシェンコなど、国民のことよりも自身の保身と蓄財に熱心な人間ばかりが大統領や首相に就いてきたという歴史がある。そういう意味ではゼレンスキー氏にかぎらず、ウクライナはもともと政治家恵まれていない国であると言える。

    よく知られているように、ゼレンスキー氏の前職はコメディアンだ。あるとき、彼は『国民の僕』という政治風刺ドラマで、後に大統領になってしまう歴史教師の役を演じた。これが大ヒットすると、勢いでドラマタイトルと同じ「国民の僕」という政党をつくって党首となり、2019年大統領選に出馬したところ、70%を超える票を獲得して当選してしまったのである。

    ところが、実際に大統領に就任すると、政治家としては素人なので当たり前だが、内政でも外交でも失策が続き、支持率はたちまち20%台にまで急落してしまった。

    そこでゼレンスキー氏は起死回生の策として、ウクライナをEU(欧州連合)とNATO北大西洋条約機構)のメンバーに入れると言い出したのである。

    これは効果てきめんだった。なぜなら、NATOはともかく、EU加盟はウクライナ人にとってメリットが大きいからだ。

    ■EUのパスポートさえあれば、国外で就職できる

    ウクライナ国内で連日ロシアとの激しい戦闘が続く中、メディアの前に登場するウクライナ人は、軍人、民間人にかかわらず、誰もがウクライナという自分の祖国を心から愛しているように見える。戦時下において愛国心が高揚するのは自然なことだ。

    だが、私はロシアだけでなく、ウクライナにも何度も足を運んでいるが、これまで「何があってもこの国に骨を埋めたい」というような愛国者に出会ったことがなかった。

    自国の政治家に期待できないこともあって、多くのウクライナ人、とくに30~40代の働き盛りの人々は、ウクライナを出て外国で仕事をしたいと思っている。みな必死に勉強して、ビジネスコミュニケーションに必要な英語と、ITや理系の高度なスキルを身につけ、それらを武器に脱出を図ろうとしているのだ。同様の傾向は、同じ元ソ連構成国である隣国のベラルーシでも見られる。

    だから、ゼレンスキー氏が本当にEU加盟を実現させてくれるのであれば、ウクライナ人にとってこんなにありがたいことはないのだ。EUのパスポートを持っていれば、シェンゲン協定によって、EU域内を自由に移動することができる。また、ヨーロッパ中での就職も可能になるからである。

    ■“旧ソ連国”が次々にロシアを離れていってしまう

    ただし、EUに入るには厳しい基準をクリアし、さらに現加盟27カ国すべてに承認されなければならない。ハードルが高いため、非常に時間がかかるのが通例だ。現時点で最も新しいメンバークロアチアも、2013年7月に加盟が認められるまで10年かかっている。

    しかも、現在はまだトルコ北マケドニアモンテネグロセルビアアルバニアが順番を待っている状況であり、ウクライナの加盟が認められるにしても、ずっと先にならざるを得ない。

    そう考えると、ゼレンスキー氏のEU加盟宣言は、実は極めて実現性の低い口約束だったのだが、それでもウクライナ国民はこれを歓迎したのである。

    しかし、ロシアプーチン大統領にとってみれば、このゼレンスキー氏のEUやNATO入り発言には、絶対に見過ごすわけにはいかない理由がある。

    1991年12月のソ連崩壊前後、連邦を構成してきた14の国(リトアニアラトビアエストニアウクライナウズベキスタンカザフスタンベラルーシアゼルバイジャンジョージアタジキスタンモルドバキルギストルクメニスタンアルメニア)が次々に独立した。

    そして、2000年代には旧ソ連構成国のエストニアラトビアリトアニア、および衛星国だった東欧のチェコハンガリーポーランドスロバキアブルガリアルーマニアが厳しい条件をクリアして、相次いでEUに加盟した。

    こうして旧ワルシャワ条約機構の国々は、次々に自由主義陣営に取り込まれて、今やベラルーシウクライナを残すだけになってしまった。

    ■「ロシアの生みの親」にプーチン氏は怒り心頭

    ベラルーシは、独立以来、親ロシア派のアレクサンドル・ルカシェンコ氏が30年近く大統領を務めている。同国は1992年に発足したロシア旧ソ連構成国のアルメニアキルギスカザフスタンタジキスタンからなる軍事同盟「CSTO(集団安全保障条約機構)」の一員であり、1999年には両国の政治、経済、安全保障などを段階的に統合するロシアベラルーシ連合国家創設条約も締結するなど、ロシアとほぼ一体化していると言っていい。

    一方、ウクライナの歴史を紐解くと、ロシアとの関わりはベラルーシよりも深いことがわかる。現在のウクライナの首都キーウは、9世紀から13世紀にかけて存在したキエフ大公国の首都だった。そして、ロシア人のほとんどが信仰しているロシア正教は、キエフ大公国正教会から派生したと言われている。つまり、ロシアにとってウクライナは、親のような存在なのだ。

    ウクライナはソ連からの独立後、ロシア寄りと欧米寄りの政権が交互に入れ替わりながら、ロシアを刺激しないように中立を保っていた。ところが、ゼレンスキー大統領は、「自分たちはEUにもNATOにも入る」と宣言してしまった。ロシアプーチン大統領からすると「親子なのにどういうつもりだ」と、ゼレンスキー氏の態度に怒り心頭だったであろうことは想像に難くない。

    しかも、ウクライナNATOに加盟した結果として、ロシアとの国境近くにミサイルが配備されると、モスクワまで約700キロメートルしかないのだ。

    ■かつての勢力圏が西側にどんどん削り取られている

    ロシアという国は広大な国土を持つ大国であるが、逆に言えば16もの国々と国境線を持ち、何度も侵略されてきた歴史を持つ。

    有名なところでは、帝政ロシア時代の1812年に起こったナポレオンロシア遠征、第二次世界大戦におけるナチスドイツの侵攻(独ソ戦)が挙げられる。第二次世界大戦でソ連は戦勝国であるにもかかわらず、敗戦国日本の死者数約300万人の9倍にあたる約2700万人もの死者を出している(※諸説あり)。ロシアでは、前者は「祖国戦争」、後者は「大祖国戦争」と呼ばれており、国土を脅かされることは極めてナーバスな問題なのである。

    このような歴史的経緯もあり、ソ連は冷戦期に東欧諸国を支配下において、NATOとの緩衝地帯としてきた。しかし、冷戦が終結して、東欧諸国がEUやNATOに次々と加入したほか、かつてのソ連構成国も独立を果たした。ソ連を引き継いだロシアとしては、かつての勢力圏が西側にどんどん削り取られているという危機感があるのだ。

    だから、ロシアとしてはウクライナベラルーシを緩衝地帯とするために、NATOへの加入を絶対に阻止したいのである。国防上、ゼレンスキー氏の発言を許すわけにはいかなかったのである。

    ウクライナ侵攻から2カ月余りが過ぎた2022年5月9日の戦勝記念日の式典で、プーチン氏はゼレンスキー政権を反ロシアの「ネオナチ」と決めつけ、NATOに対してもウクライナを支援していると侵攻を正当化したが、背景にはこのような事情があるのだ。

    ■プーチン氏の逆鱗に触れたゼレンスキー大統領のミス

    ゼレンスキー氏はもうひとつ、ウクライナ大統領として致命的なミスを犯した。プーチン氏が絶対に触れてほしくない核問題に踏み込んでしまったのだ。

    ウクライナ旧ソ連における核開発基地だったため、ソ連解体後も大量の核が残されていた。しかし、独立国家となったウクライナが核を保有し続けることを、国際社会は認めなかった。

    そこで、1994年12月ハンガリーの首都ブダペストで開催されたOSCE(欧州安全保障協力機構)会議で、「ウクライナベラルーシカザフスタンとともにNPT(核拡散防止条約)に加盟すれば、協定署名国がこの3国に安全保障を提供する」という内容の覚書(ブダペスト覚書)に、アメリカロシアイギリスが署名したのである。このブダペスト覚書によって、ウクライナは非核兵器国となった。

    ところが、ゼレンスキー氏は自身の支持率回復を狙うために、「ロシアによるクリミア併合のようなことがウクライナに起こるのは、自分たちに核がないからだ」と、ブダペスト覚書に異議を唱えるような発言をし始めた。

    ■なぜ真っ先にチェルノブイリ原発を占領したのか

    これはロシアにとって大問題だ。なにしろウクライナは核開発のノウハウを持っており、優秀な技術者も多数有しているので、その気になれば、実際に核を保有できてしまうのである。

    このような事情で、今回のウクライナへの武力侵攻で、プーチン氏は真っ先にチョルノービリチェルノブイリ)原発を占領させたのだ。チョルノービリ1986年4月の原発事故以来、すでに機能していない。しかしながら、使用済み核燃料が保管されている。言い方を換えれば、チョルノービリには、核兵器の材料となるプルトニウムが山のようにあるのだ。ロシアとしては、ウクライナ核兵器をつくらせないために、これを押さえる必要があったのである。

    ロシア軍はさらに、ウクライナ南東部に位置するザポリージャ(ザポロージェ)原発を占拠し、その西にある南ウクライナ原発にも迫っている。おそらくウクライナ国内で稼働中の15基すべての原発が標的になっていると思われる。

    ■ウクライナ全域のブラックアウトは避けられない

    加えてプーチン氏はここにきて、証拠も示さぬまま、「ウクライナが放射性物質を拡散するダーティーボム(汚い爆弾)を開発している」という主張も始めた。

    また、ウクライナ2014年に発生した「ロシアウクライナ紛争」以来、東部の石炭産出ができなくなり、さらにロシアに頼っていた天然ガスも不払いなどを理由にしばしば止められるようになったため、電力供給の原子力発電に対する依存割合が年々増し、現在は6割弱を原子力発電でまかなっている。ウクライナフランススロバキアに次ぐ原子力発電依存国なのだ。

    したがって、ロシアウクライナの原子炉15基をすべて押さえて停止させたら、ウクライナ全域がブラックアウトして、工場も操業できなくなる。つまり、工業を全部乗っ取ることができる。そうしたら、さすがのウクライナもへたってしまうだろう。

    だが、どんな理屈で自分たちの行為を正当化しようと、原発に対する攻撃だけは許されるものではないし、絶対に許してはならない。

    ■「ミンスク合意の破棄」で堪忍袋の緒が切れた

    以上のように「我々はEUとNATOに入る、核も持ちたい」と平然と口にするウクライナゼレンスキー大統領に対し、ロシアプーチン大統領はかなり立腹していたに違いない。そして、ゼレンスキー氏が次にとった態度で、プーチン氏は完全に堪忍袋の緒が切れた。ミンスク合意の破棄だ。

    2014年3月、ロシアウクライナ南部のクリミア半島を併合した後、親ロシア派武装勢力がウクライナ東部のドネツクルハンスクルガンスク)2州の一部地域を占拠したことで、紛争が勃発した。翌2015年2月、ロシアウクライナドイツフランス4カ国の首脳が、ベラルーシの首都ミンスクで会談を行い、なんとか停戦合意がまとまった。これがミンスク合意である。

    この合意の中には、「ウクライナ東部親ロシア地域に『特別な地位』を与える恒久法の採択」という項目がある。ドネツクルガンスクの東部2州の住民は、ロシア系が約4割を占める。そのロシア系の多い東側の地域(ロシア系が7割に達すると言われている)に、ウクライナは「自治権」という特別な地位を与えることになっていたのだ。

    ■「非はゼレンスキーにある」というロシア側の理屈がある

    ところが、自国の東部地域をロシアに実効支配されるのを恐れたウクライナは、ロシアからミンスク合意の履行を迫られても、なかなか実行しようとしなかった。国連安保理も2015年にミンスク合意の履行を求める決議を全会一致で承認していた。

    しかし、2019年大統領に就任したゼレンスキー氏は、そんなことはおかまいなしに、国内世論を意識して「東部2州に『特別な地位』を与えるつもりはない」と、堂々と口にし始めたのである。

    そこでプーチン氏は今回、強硬手段に出た。2022年2月15日ロシア下院が「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を国家として承認するようプーチン氏に求める決議を賛成多数で採択すると、同2月21日プーチン氏は先の2国を独立国家として承認する大統領令に署名、同時にこれらの地域を守るために軍の派遣を指示したのだ。

    「非はあくまでミンスク合意を履行しないゼレンスキーにある」というのが、プーチン氏の主張なのである。ロシア脳で考えるとそうなるのだ。

    ■プーチン氏と良好だったメルケル首相は何を思う

    ドイツの首相が現在のオーラフ・ショルツ氏ではなく、2021年12月に退任したアンゲラ・メルケル氏であれば、今回のロシアウクライナ軍事侵攻は防げたのではないかという見方もあるようだ。

    確かにメルケル氏は首相在職中、プーチン氏と非常に良好な関係を築いており、彼の性格もよくわかっていたはずだ。また、ミンスク合意を締結したときの当事者の一人でもある。そう考えると、もし彼女がドイツの首相のままであれば、プーチン氏ではなくゼレンスキー氏に対して、ミンスク合意の履行を強く迫ったのではないだろうか。そして、彼女ならそれができたはずだ。

    そのメルケル氏はロシアの軍事侵攻以後、ずっと沈黙を守っている。やはり忸怩たるものがあるのだろう。

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    大前 研一(おおまえ・けんいち
    ビジネスブレークスルー大学学長
    1943年生まれ。早稲田大学工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号取得、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し日本支社長などを経て、現在、ビジネスブレークスルー大学学長を務める。近著に『日本の論点 2022〜23』(プレジデント社)など著書多数。

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    ウクライナのゼレンスキー大統領(=2022年5月31日、ウクライナ・キーウ) - 写真=EPA/時事通信フォト


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    奥が深いです。

    ロシアの軍事侵攻に徹底攻勢を続けるウクライナ。その背景には抑圧されてきた悲劇の歴史がある。言語、宗教、アイデンティティーが地域によってまるで異なるウクライナの複雑な歴史とロシアとの関わりについて、元外交官で作家の佐藤優さんが解説する──。(連載第11回)

    ■ウクライナは100の民族が住んでいる多民族国家

    ロシア一方的ウクライナに侵攻してから3カ月が過ぎました。なぜ停戦の合意ができないのか。その理由を知るために、ウクライナという国の複雑な歴史と、ロシアとの関わりをたどってみましょう。ここには地政学、言語、宗教、教育、経済などの要素が絡み合っているので、ほかの地域における紛争や民族対立を理解する手助けにもなります。

    スラブ語で「クライ」とは「囲い」のことで、「ウ」は「傍」です。「ウクライナ」という言葉は、「国」あるいは、「地方」や「田舎」という意味なのです。この国は東部と西部で、成り立ちがまったく違います。言葉も宗教も住んでいる人たちのアイデンティティーも、まるで異なっているのです。

    国土の半分は平野ですが、西へ行くほど山岳地帯です。ヨーロッパに近い西側ほど豊かなイメージがありますが、実際は逆なのです。ロシアが執拗(しつよう)に手に入れようとしたマリウポリを含むドネツク州など、東部が経済の中心です。

    クリミアを除く人口は、4159万人(2021年ウクライナ国家統計局)。民族の内訳は、ウクライナ人77.8%、ロシア人17.3%、ベラルーシ人0.6%。そのほかモルドバ人、クリミアタタール人、ユダヤ人などとなっていて(2001年国勢調査)、だいたい100の民族が住んでいます。

    ■同じ歴史でも、ウクライナとロシアでこうも解釈が違う

    882年、現在のウクライナを中心に、キエフ・ルーシ(キエフ大公国)という大国が建てられました。ロシアウクライナベラルーシの元になった国です。

    広大な国でしたが、小さな公国に分裂して争うようになります。その一つに、モスクワ公国がありました。キエフ・ルーシはモンゴルタタールに攻められ、1240年に首都のキーウが落城します。その後、モスクワ公国が発展してロシア帝国に至った。というのが、ロシア人にとってのロシア史です。その歴史観では、ウクライナの大部分の領域は一貫してロシアなのです。

    キエフ・ルーシが滅亡した際、キーウの西に当たるガリツィア地方のリヴィウへ移って建てられたガリツィア公国こそ、キエフ・ルーシの正統を継いだ国である。こちらは、現在のウクライナ政権の歴史観です。

    ガリツィア公国は14世紀に、西側のポーランド王国に編入されます。18世紀からオーストリアハンガリー帝国の領土となり、第1次大戦後はポーランド領に戻ります。第2次世界大戦が終わってソ連に組み込まれるまで、ロシアの支配を受けたことがない地域なのです。

    ■「自分がウクライナ人かロシア人か考えることもなかった」理由

    次に、言語について述べましょう。ロシアに編入された東部地域でウクライナ語が禁止され、ロシア語が強制されたのは19世紀。帝政ロシアが支配するすべての領域でロシア化政策を進めたためでした。出版物も学校教育も、ロシア語だけに制限されたのです。

    民族という概念や自己意識が、まだ希薄だった時代です。よりよい職や収入を得るために、進んでロシア語を覚えようとするのは当然だったでしょう。以来100年以上が過ぎ、ウクライナ東部に住む住民のほとんどはロシア語を使うようになり、ウクライナ語は忘れられていきます。東部に住む人たちの多くは、日常生活において、自分がウクライナ人かロシア人かと考える必要に迫られませんでした。

    西のガリツィア地方を支配するオーストリアハンガリー帝国は、各地の文化や自治を重視する方針で、多言語政策でした。ドイツ語ハンガリー語だけでなく、ポーランド語チェコ語も、そしてウクライナ語も自由に使われていました。

    この地域に住むウクライナ人は、自分たちはキエフ・ルーシという伝統ある国の正しい後継である。大国のロシアポーランドに挟まれているせいで独立を果たせずにいるが、独自の民族であるという歴史観を培ってきたのです。

    ■宗教でも、ウクライナはロシアから独立

    宗教はどうでしょうか。ウクライナでは、クリスマスが2回あります。ローマカトリック教会がグレゴリオ暦で祝う12月25日と、正教会がユリウス暦で祝う1月7日です。どちらも、2017年から国民の祝日となりました。このこと一つとっても、ウクライナでは宗教事情も複雑であることがわかります

    988年にキエフ・ルーシのウラジミール公が東方正教の洗礼を受けたことが、この地域におけるキリスト教の始まりです。その後、ロシアでもウクライナでも東方正教が広まっていきます。

    1686年に東方正教会の筆頭権威コンスタンチノープル総主教庁が、ウクライナ正教会モスクワ総主教庁の管轄に属すると決めて以来、ロシア正教会ウクライナ正教会を下部組織と位置付けてきました。しかし、2014年ロシアによるクリミア併合を機に、ウクライナでは正教会独立を求める声が高まり、2018年に大きな動きがありました。

    「東方正教会」の筆頭権威であるコンスタンチノープル総主教庁が、「ウクライナ正教会を承認し、同正教会に対するロシア正教会の管轄権を認めない」と決めたのです。事実上の独立が認められたわけです。

    しかしロシアは、この決定の背後にNATO北大西洋条約機構)加盟諸国の意思が働いたと受け止め、強く反発しました。東西冷戦以降、コンスタンチノープル総主教庁は政治的にNATO加盟諸国と価値観を共有しているからです。NATOロシアの代理戦争が、コンスタンチノープル系の正教会モスクワ系の正教会の間で展開されたと見ることもできます。

    さらに今年5月、モスクワ総主教庁管轄下に残ったウクライナ正教会も、ロシアとの訣別を宣言しました。ウクライナ戦争によって両国の正教会間の対立も深刻になっています。

    ■「うさんくさくて陰険」片っ端から捕まえて、強制収容所送り

    一方、西のガリツィア地方に住む人たちは、今日もカトリックの信徒がかなりいます。その多くはユニエイト教会(東方典礼カトリック教会)といって、やや風変りなカトリックです。

    宗教改革に対抗する目的で16世紀に結成されたイエズス会は、東へ勢力を広げ、ポーランドハンガリーからプロテスタントを駆逐したのち、ウクライナにも入って来ました。改宗を促すために、彼らは融通無碍(むげ)でした。ローマ教皇が一番偉いことと、三位一体の教義において聖霊が父だけでなく「子からも(フィリオクエ)」発出するという教義さえ認めればいいという姿勢で、正教の特徴である「イコン(聖画像)」を拝むことや、下級の聖職者が妻帯することも許したのです。こうして独自の教会が出来上がっていきます。

    ソ連はこういった動きを、ソ連の正教会をひっくり返してくる、うさんくさくて陰険なやり方だと考えていました。見た目は正教そっくりなのに内実はカトリックで、指令はローマから来ているからです。ロシア語の「イェズイット」を辞書で引くと「イエズス会士」とある後に「ウソつき、ペテン師」とあります。

    第2次世界大戦後の1946年、このユニエイト教会は、「自発的によくよく考えてみたら、自分たちは正教徒だったと思うようになった」と言い始め、ロシア正教会の一部になりますが、これは表向きの話で、実際はソ連の秘密警察の強い圧力による併合です。

    言葉も宗教も違うため、ガリツィア地方では武装闘争を含む激しい抵抗運動が起きました。ソ連はKGB旧ソ連国家保安委員会)と軍隊を送り込み、抵抗する人々を片っ端から捕まえて、次々と殺害するか強制収容所へ送りました。強制労働で短くて7年、長いと25年収容されました。それでも10年以上、反ソ闘争が続きました。この時代に多くのウクライナ人が海外(特にカナダ)に亡命し、ウクライナの民族運動の中心になっていきます。

    ソ連崩壊の過程で、このユニエイト教会を再興する運動が展開されました。その後、ウクライナ国内でウクライナ民族主義と結びつき、反ロシア勢力の拠点となったのです。

    ■肉屋の店先に人肉がぶら下がっている

    さて、ソ連の支配下に置かれたウクライナ東部が最大の悲劇に見舞われたのは、1930年代の初頭です。原因は、ソ連によって農業の集団化を強制されたことでした。

    ロシアでは古くから農村が共同体で、土地の私有制がありませんでした。したがって、農業集団化が導入されても比較的スムーズに移行できました。ところがウクライナには土地の私有制があり、農民は自分の土地を耕して自活していました。そのため、ウクライナ農民はロシア農民に比べて個人主義的でした。

    しかし社会主義体制のソ連では、個人が生産手段を所有することは許されません。土地は国有化され、農具や家畜を供出して国営農場または集団農場で働くことを強制されます。ウクライナでは激しい抵抗やサボタージュが起こり、例えば、集団農場入りが決まると自分の家畜を売ったり食べたりしました。その結果、この時期にウクライナは家畜の半分を失います。

    時の最高権力者スターリンはこうした抵抗を、力で抑え込もうとしました。抵抗する者は逮捕してシベリア送りにします。特に、比較的裕福な農民は「農民の中のブルジョワジー」として、土地を取り上げ、収容所に送ったり、処刑したりしました。当然、労働意欲も生産量も低下します。

    また、当時、ソ連は工業化を進めていました。都市部の労働者に食料を供給し、機械を輸入するための必要な外貨を稼ぐために、穀物を輸出していましたが、ウクライナが飢餓状態になっても、輸出のために小麦を徹底的に徴発しました。

    結果として、ウクライナはあれだけの穀倉地帯であるにもかかわらず、400万人ぐらいの餓死者が出ました。私はモスクワに駐在していた1980年代の終わりに、歴史を見直す『アガニョーク(ともしび)』という雑誌に載った、当時のウクライナの衝撃的な写真を見たことがあります。それは、肉屋の店先に人肉がぶら下がっている写真です。食べるものがなくなったので、飢え死にした人間の肉を、人間が買って食べていたのです。こういう思いをさせられたのは、旧ソ連の中でもウクライナだけです。

    この人為的な大飢饉(ききん)は、飢えを意味する「ホロド」という言葉と、疫病を意味する「モール」を合わせて、「ホロドモール」と呼ばれています。現在ウクライナの首都キーウには、「ホロドモール犠牲者追悼国立博物館」が建てられています。

    ウクライナ人がロシアの侵攻に対して徹底的な抗戦を続ける背景には、こうした歴史と記憶の蓄積があるのです。次回は、第2次世界大戦から後のウクライナが見舞われた悲劇を振り返ります。

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    佐藤 優さとう・まさる)
    作家・元外務省主任分析官
    1960年東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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    アントニオ・グテーレス国連事務総長を迎えるヴォロディミル・セレンスキー大統領(=2022年4月28日、ウクライナ・キエフ) - 写真=dpa/時事通信フォト


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