ニュージーランドに移住したのは2006年、もう17年以上前のことです。若い頃にラグビーチームの遠征で訪れて以来、ずっとこの国に住みたいと思っていました。大学卒業後はアメリカの投資銀行に長く勤め、ロンドンやニューヨークにも暮らしていましたが、人の優しさに包まれているニュージーランドでの生活は本当に素晴らしいものと日々感じています。
日本とニュージーランドの教育の大きな違い現在、私が運営しているリアルニュージーランドは、日本からの留学生のお世話を業務としています。彼らの留学生活を通して、ニュージーランド教育の先進性、多様性を間近で感じています。
住み始めてまず強く感じたのは、とにかく子供の数が多いということです。みんなが裸足で走り回っていて、とても元気そう。それもそのはず、つい最近まで合計特殊出生率は2・0を超えており、社会が活気と元気に溢れています。子供を大切にする社会とは、子育て世代を大切にする社会であるというごく当然のことも強く感じます。
体外受精、助産師等の出産に関係する費用は全て無料で、出産後の子供の医療費、養育費の家庭負担も最小限となっています。
教義的なことは算数、読書、作文のみ社会の包容力が大きいと感じるのは、プレスクール、そして小学校の初期教育の場でも同様です。小学校には入学式がなく、5歳の誕生日を迎えた後1年間で、個々の家庭が準備できたと思えるタイミングでバラバラに入学します。
基本的に、小学校には、教科書も時間割もありません。教室には、教壇も、横並びの机もありません。子供が楽しいと思える空間作りの工夫に溢れています。身に付ける教義的なことは、算数、読書、作文の三つだけです。子供たちは、アートや音楽、自然とのふれあい、遊びを通じて、もっと大切な多くのことに気づきを得て、何よりも大切な「生きていることは楽しい」という感覚をしっかりと芽生えさせ、ゆっくりと育んでいるのです。
ニュージーランド教育の現場には、脳科学、教育心理学等の最新の研究結果がいち早く落とし込まれています。その先進性、機動性は、世界でも大変高い評価を得ています。本当の学びのためには、脳(気持ち)がリラックスしている状態が何よりも大切であるという研究結果は、先生方に徹底して共有されています。「楽しい」は決して楽をすることではなくて、子供たちの「学び」を最適化することであると理解されているのです。
ニュージーランドには“受験”がない13歳から18歳までの、セカンダリー・スクール(中学高校)においても、教育の指針は変わりません。個々の「やりたい」「楽しい」を尊重すること。そして自分自身の時間、空白の時間の重要性についても学校側が深く認識しています。空白は、自身の今と将来を見つめるために、何よりも大切なものなのです。
高校最終学年に履修するのは通常は4教科のみ。その中に必須科目はありません。学びたいことだけを学びます。ここでも、「楽しい」が最優先されています。楽しく学べないものは、決して身に付くことはないという理念に潔さまで感じます。
個々の学生が、それぞれ好きな分野に集中するので、他人との成績比較など不可能ですし、意味がありません。また、履修教科数が少ないことで、午後3時過ぎの放課後は自分のための自由な時間をたくさん取ることもできるのです。
ニュージーランドには受験というシステムがありません。高校3年間で履修した学科単位をもとに政府公認のNCEAという大学進学に必要な資格を得ます。NCEAは世界でも広く認められているので、ニュージーランドの大学はもとより、エディンバラ大学、シンガポール国立大学、シドニー大学等の世界の名だたる大学に進学する子も少なくありません。
海外経験を社会全体で後押しまた、ニュージーランドの社会教育の一つの大きな特徴は「世界は広い!」を常に子供たちに伝えていることです。それを受けて、毎年4万人以上の若者たちがこの国を旅立っていきます。日本にあてはめると毎年100万人以上の若者が国外に流出する規模です。ニュージーランドはそれを危機ではなく、Overseas Experience(海外経験)をOEと称し、社会全体で後押しまでしているのです。
今いる場所がすべてではない、もっと「楽しい」ことが世界にはたくさんあるから、ここを出ていって「体験」してきなさいという強い思いがあります。ニュージーランド人はOEを通じていろいろな価値観に触れ、国内人口の20%にあたる100万人もが世界各地に居住しています。また、たくさんの他国籍の方々を自国に受け入れる、国民の優しさや包括力にも繋がっているのです。
「楽しい」ニュージーランドの教育は「頑張る」日本の教育を上回る「楽しい」ニュージーランドの教育が、「頑張る」日本の教育を上回っているのではと感じる場面が多くあります。日本では、常に「楽しい」は「苦しい」「頑張る」の向こう側にあると教えられますが、本当なのでしょうか。15歳の基礎学力を測るOECDのPISAテストの結果は、両国ともトップ20内に位置付けられる一方、『エコノミスト』誌が発表する「未来のための教育指数」のリポートでは、ニュージーランド教育のほうが日本よりも遥かに高く評価されています。
また、国の教育施策の長期的結果ともいえる社会経済面を見てみると、一人当たりのGDP、平均所得ともに、すでに2010年ごろには、ニュージーランドが日本を上回る結果になっており、その後は差が広がる一方です。
今後、VUCAと呼ばれる不透明で不確実な時代に直面する子供たちに大切なのは、何よりも自分自身に対するConfidence(自信、信頼)だとニュージーランドは考えています。やらされることを「頑張る」のではなく、自分のやりたいことを見つけ、それに没頭する「楽しい」環境。その中でこそ、広い世界のどんな局面でも、楽しく、強く生きていける人間が育っていくのではないでしょうか。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2024年の論点100』に掲載されています。
(藤井 巌/ノンフィクション出版)
(出典 news.nicovideo.jp)
【【教育】ニュージーランドから見た、いつまでもアップデートされない日本の教育《楽しいよりも頑張ることが大切、は正しいのか》】の続きを読む