■岸田首相は10段階でどう評価されるか
2021年10月、岸田文雄氏が第100代内閣を組織してから1年以上が経過した。現在に至るまで新型コロナや歴史的円安、物価高騰といった難題に直面してきたが、みなさんは岸田首相をどのように評価するだろうか。
2022年1月に刊行した拙著『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)が、議会制民主主義の確立と世界平和の実現を目指す尾崎行雄記念財団から、「咢堂ブックオブザイヤー2022」の総合部門大賞をいただいた。授賞理由は、「それぞれの内閣が直面した課題と事績、当時の時代背景などを学ぶことができ、『わが国の政治史を総覧できる』」ということである。
この本は、各内閣について、発足の経緯や、業績、退陣までの流れ、人柄と経歴などを不公平がないように描いた。そのため、ランキングのようなものはつけてないが、私はそれに先立ち、『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)と『本当は誰が一番?この国の首相たち』(SB新書)では、「総理・首相の通信簿」をつけたことがある。
現在の第二次岸田内閣は第101代目だが、歴代首相の人数は64人となる。戦前は同じ政治家が再登板することが多かったし、戦後は総選挙直後の国会で新首相を選び直すので、そのたびに新しい内閣として勘定されるためだ。本稿では、終戦直後の東久邇宮稔彦王首相から現在の岸田首相までの35人の総理について、現時点からみた通信簿を紹介しようと思う。
在任期間がそれぞれ異なる首相を同じ尺度で評価するのは難しいが、あえて、10段階の評価をしたのが、図表1である(図表2は点数順に並べたもの)。
いろいろ意外に思われるだろうし、世間での一般的な評価ともだいぶ違うのは、本人の業績の大小でなく、置かれた立場においてやるべきことをどのくらい実現したかで測った結果だ。
業績の大きさや栄光で判断すれば、アメリカ大統領についてでも、ワシントン、リンカーン、ウィルソン、フランクリン・ルーズベルトなど戦争をした人ばかりが上位を占めることになるので好きでない。
■適切なタイミングで退任した首相はプラス評価
むしろ、余計なことをしなかったとか、辞めたほうがいいときに地位にしがみつかずに退任したらプラス評価している。たとえば、東久邇宮稔彦王は、終戦直後に皇族首相として混乱なく矛を収めることに賢く行動し、皇族が関与すべきでない憲法改正問題がでてきたら適切に辞職した。
羽田孜は国会を解散したら延命できたのに、小選挙区制を確立するために身を犠牲にしたので(選挙区制度改正告知期間内だったので解散したら中選挙区での選挙になった)、業績もビジョンもなかったがそれほど悪い点にはしていない。
首相になる前、辞めた後の経歴や言動も考慮してない。細川護煕が立派な教養人だとか、三木武夫が半世紀以上も国会議員だったのも首相としての評価とは関係ないし、戦前の鳩山一郎が軍国主義を推進し、滝川事件(※)のときの文部相だったのも同じだ。岸田文雄首相の家族愛も菅義偉が苦労人であることも首相としての評価に影響しない。
■吉田茂と池田勇人が「10点満点」なワケ
私がトップスリーだと思うのは、吉田茂、池田勇人、安倍晋三である。吉田茂は、GHQ相手に無駄な争いをしない一方、主張するべきときは肝が据わっていた。
ソ連、中国、韓国などを相手にせず、サンフランシスコ講和条約での単独講和、日米安保条約の締結など、最善の選択とみたら東京大学の南原繁総長らの知識人が一致して批判しても「曲学阿世の徒」と相手にしなかった。
多くの政治家が公職追放されたあとの人材不足を、官僚などから優れた眼力で人材をスカウトして起用し、「吉田学校」で鍛えた。
池田勇人は、60年安保ののちの、革命前夜的な時期に、豪傑タイプの失言居士から一転して低姿勢に徹し、所得倍増路線と対米協調外交で体制を安定させた。
ドゴールから「トランジスタのセールスマンのようだった」といわれたのは、OECD加盟など経済問題を議題にしたからだが、そのフランスのジスカールデスタン大統領が経済外交のサミット(先進国首脳会議)を創設したのは、そのわずか10年余りのちである。
アメリカには、軍事協力より市場開放で評価されたが、この経済重視路線こそが、発展途上国にとって世界革命より自由経済の枠内での発展というモデルを提供し、冷戦で西側が勝利することの決め手になった。
■初めて世界外交の主導権を握った安倍晋三
安倍晋三は、民主化されないままの中国がアメリカと肩を並べかねない状況で、「民主主義・人権・市場経済」を堅持する「価値観外交」を提案し、インドを仲間に入れ、ヨーロッパとの連携を強化する新しい世界秩序の実現に近づけた。さらに、オバマの民主党、トランプの共和党で迷走を続けるアメリカが世界秩序から孤立しないように手綱を巧妙にとり、日本が歴史上初めて世界外交の主導権を握るという功績を残した。
また、アベノミクスは大成功したとはいえないが、日本経済が復興するきっかけをつかみ、世代格差の解消や女性の社会進出にもかなりの成果を上げた。
吉田、池田、安倍の通算在職日数は、それぞれ、歴代5位、8位、1位であるが、長期政権を維持できたことは、彼らの政治力の賜であるし、相対的に身ぎれいでクリーンな政治家であったことも評価すべきである。
■小渕恵三には日本経済を立て直す決意があった
それに続く4人のうち、幣原喜重郎は、GHQとの関係を無難に切り抜けた。ただし、憲法第九条については、通説のようにGHQ側の提案であれば断れる状況になかっただろうが、マッカーサーの証言によると、幣原が内閣に相談せずに提案したということである。この証言が本当ならば、首相が自ら自国の軍備に外国勢力をそそのかして将来にわたって縛りをかけたことになる。これは一種の反逆であり、評価を下げなくてはなるまい。
大平正芳は、最高の外交的センスと教養に裏打ちされた政治家であり、もし、現職中の死がなかったら、日本は安定的な経済成長を維持できたし、外交的にもより尊敬される地位を形成できたと思う。しかし、田中角榮に依存しすぎたがゆえに政治基盤を確立できなかったし、その延長線上で健康を害し無念の死に至ったことは単なる不運でなく彼自身にも責任があるので減点した。
小渕恵三は、バブルの生成と崩壊で傷んだ日本経済を立て直すビジョンを正しく持ち、宮澤喜一蔵相と堺屋太一経済企画庁長官という奇想天外な人事までした。この路線が続いていたら日本経済はここまで劣化しなかった。日韓関係が最も良い時期であり、沖縄への配慮も見事だった。自公連立の成立も小渕の功績だ。
■「要職経験なしでも総理になれる前例」を作った鈴木善幸
最下位が鳩山由紀夫であることは、あまり異議がないだろう。できもしないマニフェストで政権を取り、しかも、無理なことを自覚せず、政治主導と称して現実との不整合を拡大させ、辺野古問題でオバマ大統領に「トラスト・ミー」発言をして日本の外交的信用を台無しにした。首相退任後の元首相として、不適切な国家を裏切るような言動の数々を別々にしても、お粗末すぎた。
かつては、首相にはそれなりの能力と経験のある政治家しかならなかったが、それがないのに身の程知らずに首相になったのが鈴木善幸。内政・外交ともにいいことなしだが、最も困るのは、当選回数を重ねた政治家ならば能力がなくても総理になれる前例をつくったことだ。
石橋湛山は、「2・3位連合」という政策論なしの野合で政権をやりとりする前例を作ったし、外交も非現実的で危険だった。さらに長時間の就任祝いを寒中屋外でして風邪を引いて辞任して短命政権に終わったのも、自身の責任としか言いようがない。
芦田均は、マッカーサーのいうことをそのままする以外何もしなかった。この人が首相になったことの前向きの意味を見いだしがたい。
■世論対策の軽視や金権政治はやはり減点対象に
評価の分かれるであろう首相について一言ずつ言えば、中曽根康弘は、外交は100点満点だが(安倍外交は120点、つまり期待する最大限以上と思うが)、内政はバブル経済を生み出し、半世紀たっても立ち直れない惨状に日本経済を導いたのだから、零点以下である。
小泉純一郎は、小渕・森時代の前向きの経済政策より良かったことは何もないと思う。外交は、徹底した対米従属だったが、イラク戦争などブッシュ政権の外交そのものが良かったと思えないし、中韓との関係も無用に悪化させた。また、ワンフレーズ政治などポピュリスト政治の元祖だ。
岸信介は、日米関係の将来について正しいビジョンで成功を収めたが、信念を持って正しいことを実現すればよいと考え、世論対策などを軽視しすぎたのは、やはり欠陥である。
田中角榮は、総理になるまでの構想力、人間的魅力、突破力などいずれも素晴らしいし、「列島改造論」も卓見だったが、総理としてはすべてにわたって慌てすぎたし、ロッキード事件も含め金権政治はやはり高い評価をすることを阻む。
■菅前首相は「特定の課題担当の副総理」に期待
菅義偉内閣は、1年間だけにしては新型コロナのワクチン接種の遅れ取り戻し、マイナンバーカードの普及率向上、携帯料金値下げなどなかなかの仕事をした。本来、こういう大災害のときは、改革を行う千載一遇のチャンスともいえる。阪神・淡路大震災と東日本大震災のときはうまくできなかったので、菅内閣はよくやったと思う。
ただ、短期政権に終わったことについて、本人の政治力のなさも一因なので、7点あたりが限度だ。東京五輪・パラリンピックを無観客にしたのも後味悪い。再登板の声もあるが、むしろ、たとえば、医療問題など特定の課題担当の副総理などやってみてほしい。
岸田首相については、まだ在職なので最終的な点数をつけられないが、ここでの評価は、もし突然、いま、首相を続けられなくなったらという前提で6点をつけた。
プレジデントオンラインの記事〈「後見役の安倍氏がいなくなったら何もできない」岸田首相が“冴えない政治”を続ける根本原因〉で解説したように、安倍晋三という後ろ盾がある限りは悪い首相ではなかった。厳しい前評判だった2021年の総選挙も2022年の参議院選挙も無難以上に乗り切り、衆議院を解散しない限りは国政選挙がない「黄金の3年間」のお膳立てに成功した。
その時点なら7点から8点をうかがっていた。
■「お手並み拝見」となる今後の三大ポイント
しかし、減点となる対応も目立った。旧統一教会問題の処理では、被害者対策が必要である一方で、テロに報酬を与えるような印象は避けるべきだった。それにもかかわらず、戦前のいつか来た道の時代と同様に、テロや超法規的措置を肯定する風潮をつくってしまったのかもしれない。
外交もあまりにも対米従属で、日本の真の首相はラーム・エマニュエル駐日米国大使ではないかと言いたくなる。安倍首相ならば、ウクライナ紛争を世界の不幸にしないためにも、日本の独自の国益を守るためにも、それなりの役割を果たしたはずだ。
長年の間、首相候補だったにもかかわらず、政権を支える側近集団を育てていなかったり、無理を押して長男の翔太郎氏を首相秘書官に就けたりしたのもお粗末だ。コロナ対策もメリハリがなく、経済回復を遅らせたり、無用に死者を増やしたりしている。
「異次元の少子化対策」を打ち出すとか、リベラル寄りの立場にもかかわらず防衛力の増強を、財源論から逃げずに取り組もうとしている点は、成功したら素晴らしいことなので今後に期待したい。しかし、これらを実現するためには、相当思い切って志が高いスタッフや補佐官を準備し、ブレーン集団をつくり直すことが急務だろう。
また今年5月には、岸田首相の地元・広島でG7サミットが開かれる。議長国として、世界の核軍縮という長期的な目標に踏み込めれば大きな功績となる。現段階の6点から評価を上げるのか下げるのか、これからがまさに「お手並み拝見」ということなのだ。
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徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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