近年、「死刑になりたい」という動機で引き起こされた事件が連鎖反応的に発生している。2021年10月の「京王線刺傷事件」、同11月の九州新幹線車内で起きた放火未遂がその例だ。翌22年1月に東京・代々木で起きた焼き肉店立てこもり事件も、犯人が「死刑にしてくれ」と供述していた。
ここでは、各界の研究者や事件にかかわる人々へのインタビューによって、「死刑になるため」に凶悪犯罪を実行する犯人たちの“真の姿”に迫ったインベカヲリ★氏の著書『「死刑になりたくて、他人を殺しました」 無差別殺傷犯の論理』から一部を抜粋。加害者家族をサポートするNPO法人、World open Heartの理事長・阿部恭子氏が明かした加害者家族の実情を紹介する。(全2回の1回目/2回目を読む)
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世間の非難を一身に浴びる“加害者家族”をサポート事件の容疑者が逮捕されると、当の本人は身柄を拘束され、世間からシャットアウトされた場所に身を置くことになる。一方、その家族は報道陣に囲まれ、親は辞職に追い込まれたり、子は退学させられ、引っ越しを余儀なくされたりなど、生活が一変してしまうことが多々ある。世間の非難を一身に浴びるのは、実は犯人ではなくその家族のほうなのだ。
そんな加害者家族の存在が表に出ることは滅多にないが、事件の真相を一番深く知っているのは彼らだと思われる。
阿部恭子氏は、そんな加害者家族をサポートするNPO法人、World open Heartの理事長だ。宮城県仙台市を拠点に2008年からスタートし、これまで2000件以上のサポートをしてきた。全国の加害者家族からの相談を直接受けるのは阿部氏であり、24時間対応している。
加害者家族の支援を専門として行う団体は、ほかに山形県の弁護士会が行う犯罪加害者家族支援センターと、大阪府のNPO法人スキマサポートセンターなどがある。しかし、もっとも多く事件を経験している阿部氏のもとに、全国からの相談が集中している。
罪が重いほど家族は追い詰められるその日も、相談者に会うため地方から地方への移動中らしく、キャリーケースをガラガラと引きながら、都内某所まで来てくれた。
「殺人事件に関して言えば、私は結構田舎で起きているイメージが強い。家族間殺人とかね。性犯罪とか詐欺とかいろいろなケースがあるけど、私は殺人事件を一番多く扱ってきているんです。これまで300件くらいですかね。やっぱり殺人事件になれば全国報道されるので、家族が巻き込まれる。かなり大きい事件だと親族のほうまで報道陣が行くことは結構あるので。重大事件のほうがサポートのニーズは高いのではないかと思っています」
犯した罪が重ければ重いほど、その家族は追い詰められることになる。そうした加害者家族からの相談を受けて、阿部氏は必要であれば報道対応を引き受け、被害者への謝罪の場まで付き添うこともあるという。
荷の重い仕事に思えるが、阿部氏はとくに疲れた様子も見せず、軽やかな表情をしているのが印象的だった。
犯罪者に対するアレルギーが強い日本「アメリカなんかとは比較にならないくらい、日本って犯罪が少ないんですよ。とくに重大犯罪は本当に少ない。犯罪者が少ないということは、加害者家族も少ない。だから私は日本全国を駆け回っていてもまだ余裕があるんですよ。なんとなくね」
事件報道は多いように感じるが、日本は治安が良いからこそ、何か起きればすぐに大騒ぎするのだろう。だからこそ加害者家族はマイノリティになりやすいということでもある。
「アメリカはもう逮捕自体をパッとしちゃうので、別に逮捕されたことで、そんなに周りが引かない。でも日本で『逮捕されました』って言うと、驚くじゃないですか。『無罪推定』の概念はまったく働かない。そしてやはり犯罪が少ないだけに、加害者の周囲の人への差別が強いんですよね。犯罪者に対するアレルギーも強いし、それを生んだ家族に対する連帯責任の意識もものすごく強いの。たぶん、世界的に見て、もっとも加害者家族が生きづらい国ではないかと思っています」
これがスラム街であったり、ギャング集団が横行する治安の悪い国では、犯罪件数が多い分、加害者家族も多くなり、困ることも少ないのだという。周りが同じ境遇であれば、スティグマにならないからだ。同じ理由で、暴力団の家族からの相談はかなり稀だという。その境遇に慣れているということは大きいだろう。
社会的地位が高ければ高いほど失うものが多い「だから、私のところに相談に来るのは、本当に普通の生活をしていて、急に、って方がほとんどですよね。たとえば、生活保護家庭の息子が事件を起こしても、その家の生活保護が切られるわけではないんですよ。でも、殺人犯の父親が弁護士だった、となると『弁護士なのに、子どもは何をやっているんだ』となって仕事が続けられなくなる。実際にそれで自殺されているケースもあるんですよね。やはり社会的地位が高ければ高いほど失うものが多いんです」
損害賠償請求は、ないところからは取れないシステムであるため、貧しい家庭の場合にはそこまで痛手にならないが、経済的に豊かであればあるほど裁判で多額の請求をされることになる。その負担は、本来関係ないはずの子や兄弟にまで影響する。中流家庭が没落し、生活保護へ行きつくこともあるという。たとえば2008年、秋葉原の交差点に2トントラックで突っ込み、通行人をダガーナイフで殺傷し、7人を殺害、10人に重軽傷を負わせた「秋葉原無差別殺傷事件」が起きた。その犯人である加藤智大の家族は、事件後に父は職場を追われて自宅に引きこもり状態となり、両親は離婚。母は精神を患い精神科へ入院、弟は自ら命を絶っている。
こうしたことは、世間の圧力が強い日本特有のことらしい。たとえばアメリカでは、親は親、子は子という線引きがあるので、息子が殺人事件を起こしても親が会社を辞めることにはならないという。
日本での支援を考える際に、海外の事例はまったく参考にならないということだ。手探りの状態で今なお支援を行っていることを、阿部氏はこう話す。
「今でも実習みたいな感じですよ。とにかくお話を聞いて、みたいな。はじめの頃はね、本当に何をやって良いのかすらわからない状態だった。海外の場合はこうだとか言ってもしょうがないから、今困っている人がいる、どうしよう、ということを考えながらやってきた。『与える』とか『教える』ではなくて、一緒に荷物を持つみたいな感じですよね」
「普通の家族」が落とし穴阿部氏はこれまで、家族間で発生した殺人事件について、多くの著書を出版している。そこには、殺人犯を生み出す家庭がいかに「一般家庭」「中流家庭」だったかが繰り返し書かれている。
実際、「秋葉原無差別殺傷事件」の加藤も、9人を殺傷した「土浦連続殺傷事件」の金川真大も、「東海道新幹線車内殺傷事件」の小島一朗も、無差別殺傷犯の育った家庭の多くは、両親が揃っており、マイホームがあり、父も真面目に働いていた。
では、「普通の家庭」とは何なのか。
「難しいんですけど、何が普通かもちょっとよくわからなくなってきて……。結構ひどい家庭なのに、子どもはまともに育っているところもあるじゃないですか。加害者のお母さんを見ていると、確かにこのかかわり方はあまり良くないよねっていうのはあるけど、でもすごくひどいお母さんかっていうとそうでもない。もっとひどいお母さんがいないわけじゃないと、思うんですよ。『誰にでもあるんじゃない?』っていう範疇。だから受け手であるお子さんの感受性の強さとか、いろんな弱いところがあって、コミュニケーションがうまくいかなかったりする。だから家庭内に『悪人がいる』みたいな感じでは全然ないんです。普通の人で、その悪い部分がたまたま引き合っちゃったみたいに私は考えている」
確かに子育ての負担は、母に集中する家庭が多い。また親と子にも相性があり、同じ兄弟でも性格はそれぞれ違う。そして完璧な家庭などどこにもない。だとしたら、すべての家庭が犯罪者予備軍を抱えているということなのか。
「多くの加害者家族の方は、非常に常識的な人なんですよ。私より全然、真面目だなと思ったりして。逆に言うと、ちょっと常識にこだわりすぎる。世の中にある、ある種の多数派についていくタイプというか。たぶん、普通の生き方をしていれば不幸にはならないっていう思い込みがあると思うんですよ。みんながやっているところについていったら、悪いことはないだろうという。でも私は逆に、そこに落とし穴があるような気がしています」
「野田市小4虐待死事件」加害者の親は仲が良い夫婦「常識」というのは、大学を出て、就職して、何歳までに結婚して、子どもをつくって、マイホームを建てるというような、一般的だと多くの人が考える「人生のレール」に乗ることだ。自分のタイミングを無視して、ふさわしい年齢でそれを叶えようとしたら、強引に事を進めることになるだろう。そのような背景があるとしたら、幸せそうな家庭に見えても、夫婦関係が破綻しているようなことが多いということだろうか。そう聞くと、阿部氏は意外なことを言った。
「もちろん仲が悪い家もありますけど、別に悪くないこともあります。たとえば、『野田市小4虐待死事件』の加害者である栗原勇一郎さんのご両親なんて全然仲悪くないし」
2019年、千葉県野田市で、父である栗原勇一郎が、実の娘である心愛(みあ)ちゃん(当時小学4年生)に、冷水を浴びせるなど壮絶な虐待を繰り返したうえに殺害した事件だ。阿部氏は、加害者家族である勇一郎の両親を支援している。
「勇一郎さんのご両親は、夫婦仲も悪くないし、虐待もしてないです。一般的には、虐待する人は、自分も過去にされていたとか言うじゃないですか。全然されていないんです」
では、勇一郎自身は、どのような人物なのだろう。
「まあ普通と言えば、普通でしょうね。会社で真面目に仕事をしているし。異常な人だったとか、おかしかったとかは誰も言ってないから。まあ、一般的に見たらたぶん普通」
とはいえ「普通」の大人が、自分の子どもを虐待死させるとは思えない。なぜ「普通」の大人である勇一郎が、想像を絶するむごたらしい虐待を行ってしまったのだろうか。
「うん、だからやっぱりね、巡り合わせですよ。勇一郎さんの場合、奥さんが精神障害者で暴れたりとかするんですよね。彼も庇護欲があって、強烈な共依存関係にある。かなりいろんな要素が積み重なって起きるんじゃないかと思うんですよね。それがなかなか表面的にはわからない。勇一郎さんは別に頭も悪くないし、言葉遣いもすごく丁寧だし、親もちゃんとしてるんですよ」
なぜ『サザエさん』のような家からも犯罪者は生まれるのか明らかに粗暴な面があったり、家がゴミ屋敷だったりすれば、周りも注意を払うだろう。しかし、そうではないからこそ「普通の家庭」なのだ。
「だからね、大体が本当に『サザエさん』みたいな、ああいう家なんですよ」
『サザエさん』の家こそ、誰もが思い描く「普通の家庭」の象徴だ。では、なぜ『サザエさん』のような家から、犯罪者が生まれるのか。
「今急激に、フェミニズムが少し前に出てきているけれども、本当にまだ地方では、25歳くらいで結婚、ギリで30歳みたいなところがあるからね。たぶん田舎のほうだと、出会いもないし仕事もないから、結婚しないではいられないんじゃないかな。いくら世の中の風潮が変わっても、そうしたライフスタイルが変わらないことには、変えられないんじゃないかと思うんですよね」
結果的に、極めて一般的な家庭をつくるしかなくなってしまう。「常識にこだわりすぎる」という話と、つながってくる話だ。
「やっぱりいろんな人に出会わないと多様性って実感できないと思うんですよ。まず田舎では、女性が働いているモデルがないですよね。だから働いている女性を見て、勝手に不幸だと思っていたり、大変だと思っていたり、悪いイメージばかり持っている。認知が偏りますよね。都会で楽しく過ごしている良さってあるじゃないですか。別に満員電車だけが都会のライフスタイルではなくて、たくさんおもしろいことがあるんだってことがわかるのと、それを見たことがないのとでは全然違うと思うので。
だからやっぱり私は、これからの若い人は、何年か都会に住んでみるとか、少し地元をはなれて日本を回ったりしたら良いんじゃないかなとはちょっと思いますね。あと『孤独』の問題ですよね。みんなそんなにうまくいってないと思うんだけど、それっていろんな人とかかわってないと、自分だけじゃないんだって思えないじゃないですか。でも認知自体がゆがんでいる人には、そういう声も届かないのかな?」
さまざまなライフスタイルに触れて、多様性を実感すれば、「自分だけが普通になれない」ということで、思い詰めることもなくなるということだ。多くの人とかかわることで、自分の認知のゆがみにも気づくことができるかもしれない。
「だから私は、加害者家族が転居しなきゃいけなくなったときは、絶対に田舎は勧めない。できるだけ大きな都市に行ったほうが良いって言います。犯罪者の社会復帰も、まずは仕事が大事じゃないですか。やっぱり都市部のほうが社会資源も多いし。コミュニティが密すぎるところだと、私は危険を感じますね。言い切るのもどうかと思うけど、田舎に住むことに、あんまり良いことはないかなって思っちゃうかな」
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(インベカヲリ★)
(出典 news.nicovideo.jp)
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