「The Summer of Our Discontent」(われらが不満の夏)
米主要紙ロサンゼルス・タイムズが夏の終わりにこんな文学的な見出しの記事を掲載した。
カリフォルリアが生んだ世界的文豪、ジョン・スタインベックの小説、「The Winter of Our Discontent」(われらが不満の冬)をもじってつけた。
新型コロナウイルス感染が収まらないカリフォルニア州に追い打ちかけた大規模な山火事。
同紙は、(カリフォルニア在住の筆者を含む)州民の生活環境を根底から覆しかねない史上最悪な状態に「われわれの生き方を根本から考え直す時期にきた」と悲鳴を上げた。
史上最悪の山火事の状況を9月14日視察に来たドナルド・トランプ大統領は、キャビン・ニューサム同州知事にこう言い放った。
「山火事の原因は森林管理の不手際にある。地球温暖化とは何ら関係がない」
同紙はトランプ氏視察に合わせるかのようにジョー・バイデン民主党大統領候補を支持・推薦する社説を載せた。
米主要紙が同候補を正式に推薦した第1号だった。
理由はトランプ大統領の新型コロナウイルス軽視と不適切な対応をはじめとする「悪政」の数々を上げていている。
「大統領としては不適格」と烙印を捺したのだ。
(https://enewspaper.latimes.com/infinity/article_share.aspx?guid=186554d3-8c4c-4cf4-8ab6-ddbd043df348)
再選に向け「ワクチン」連呼
米国の新型コロナウイルス感染者数は9月18日現在671万585人。死者数19万8306人。
一向に感染拡大が収まる兆しはない。それでもトランプ氏は三密を守る気配はない。
選挙運動に各地を飛び回り、集会を開いては、参加者の中から感染者が続出している。
それでもマスクはしない。ここまでくると、信念というよりも意地なのだろう。マスクをつけた時点で選挙には負けると腹をくくっているのかもしれない。
米疾病対策センター(CDC)のロバート・レッドフォード所長(医学博士)は大統領を横にしてこう述べた。
「感染防止にはワクチンよりもマスク着用が有効だ」
同所長が言い終わるか終わぬうちに、トランプ氏は「マスクなんかよりもワクチンの方が大事だ」と吐き捨てるように反論した。
一時は反中スタンスを再選戦略の主軸にしてきたが、今やワクチンがそれにとって代わった感がある。
科学者たちが重視する科学的根拠よりもワクチンなのだ。連日のようにワクチンが今日明日中にも完成するかのような発言を繰り返している。
「ワクチンは3週間から4週間以内に完成する可能性がある」(9月15日)
レッドフィールド所長が米上院公聴会で「ワクチンは生産承認されてから接種には6か月から9か月かかる。実際の米国民が受けれるのは早くて来春以降だ」と発言するや、「この男の言うことは間違っている。不正確な情報を基に喋っているだけだ」(9月16日)
「ワクチンは10月に完成する。配布開始は10月か11月の可能性がある。年内に1億回分の接種量が確保できる。それより遅くなるとは思わない」(9月16日)
トランプ氏はいったいどこからこんな情報を得ているのだろうか。
後述するが、トランプ政権が立ち上げたワクチン開発のロードマップに記された達成目標と楽観的な願望とがごちゃまぜになっているのだ。
バイデン氏は、9月16日開かれたデラウエア州での集会でこうコメントしている。
「私が信用するのはワクチンと科学者。トランプ氏は信用できない」
「科学の大きな前進は断じて選挙周期に従わない。そのタイミングや認可、供給が政治的判断で歪められる事態は絶対にあってはならない」
在野のバイデン氏にコロナ関連の情報力・分析力がないというわけではない。
CDCやFDA(米食品医薬局)内部のディープ・ステート(闇の国家=反トランプ分子)からの情報も入手している。
さらにはディビッド・ケスラー前FDA局長(伝染病学)やジョージタウン大学のレベッカ・カッツ教授(免疫学)、ペンシルベニア大学のエゼキエル・イマヌエル教授(生命倫理学)ら各分野の権威からなるアドバイザリー・グループからの助言を得ている。
(https://www.scientificamerican.com/article/scientific-american-endorses-joe-biden/)
科学的データvs願望的思惑、軍配は?
科学者たちもトランプ氏の願望的思惑の危うさに危機感を強めている。
そのシンボリックな動きが米国でも最も権威ある科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」(Scientific American)の10月号掲載の社説だ。
タイトルは「恐怖から希望へ」(From Fear to Hope)。
同誌は、学術雑誌ではないが、第一線の科学者が執筆する一般向け科学雑誌としては創刊1825年の世界最古の定期刊行誌だ。
外国語版(日本版では「日経サイエンス」)が多数出ており、発行部数は世界で73万2000部。
創刊以来175年間、特定の政党の大統領候補を支持・推薦したことは一度もなかった。
掲載に際して社説は「前例を破ってこう決めるに至った経緯は決して軽々しいものではなかった」と説明している。
理由はただ一つ、トランプ氏の科学拒絶、科学者無視のスタンスと政策に対するレッドカードだった。
「トランプ氏は科学を政治的目的から無視し、誤解し、悪用した」
「トランプ政権下の今の状況は米国の科学政策史上において最も恥ずべき時代といえる」
「トランプ氏は科学的根拠と科学を拒絶することで米国および米国民に大きなダメージを与えている」
「その最たる例が新型コロナウイルスの恐ろしさを直視せず、不適切な対応に終始したことが挙げられる。その結果、9月中旬までに19万人の命が犠牲になった」
「トランプ氏はさらに地球温暖化阻止の動きやメディケアや米国が直面する大規模なチャレンジに立ち向かっている研究者や公共機関を目の敵にしてきた」
「それゆえ、われわれは読者および有権者に米国民の健康、経済、環境を守るために事実に基づく計画を提示しているバイデン候補に一票を投ずるよう訴えたい」
(https://www.scientificamerican.com/article/scientific-american-endorses-joe-biden/)
同誌の編集主幹、H・ホールデン・ソープ氏は、ウィアード・コムとのインタビューでこう述べている。
「歴代大統領の中には科学にそっぽを向いていた者もいる」
「ジョージ・W・ブッシュ第43代大統領は天地創造信奉者だったがHIV対策費はふんだんに出したし、ロナルド・レーガン第40代大統領はHIV対策では何もしなかったが、米国の科学インフラ拡充ではよくやった」
「そこに行くと、トランプ大統領は科学に対する基礎知識はゼロ。トランプ支持層にある神憑り的な非科学的な思い込みを政治的理由から鵜呑みにしている」
「本誌が創刊以来初めて政治スタンスを誌上で表明したのは、コロナウイルスに対するワクチン開発するために研究室にこもって1日に14時間、18時間も懸命に働いている科学者たちにエールを送るためだ」
(https://www.wired.com/story/americas-top-science-journal-has-had-it-with-trump/)
反科学・非科学だった共和党
トランプ大統領と科学者との「対決」について、カリフォルニア大学バークレー校のW教授(免疫学、公衆衛生学)はこう解説する。
「トランプ氏の熱狂的な支持層である宗教保守エバンジェリカルズは、天災地変や疫病などは神の御業だと信じて疑わない。当然コロナウイルスもそれに含まれている」
「再選するためにはエバンジェリカルズの票は必要不可欠なもので彼らの喜ぶことをやっているわけだ」
「温暖化を無視するのは、同じく支持層で石油石炭開発規制強化を嫌がる石油資本を念頭に入れた選挙戦略の一環でもある。これは歴代共和党政権が行ってきている」
「それにトランプ氏は『歴代大統領がやらなかったことを成し遂げる』という異常なほどな信念を持っている」
「特にバラク・オバマ前大統領を目の敵にして、同氏のやったことの反対のことをやってきた」
「もう一つ、トランプ氏がワクチン開発で希望的な観測をことさら言っているのには、トランプ政権が100億ドルの資金を投じて策定したワクチン開発戦略がある」
「『オペレーション・ワープ・スピード』(Operation Warp Speed=OWP)だ」
米厚生省傘下のCDC、FDA、国立衛生研究所(HID)、国立生物医学高等研究開発研究機構 (BARDA)はじめ国防総省を中心に、薬品会社、医療機関など民間薬品公衆衛生関連企業が一体となってコロナウイルス診断、治療、ワクチンの開発、製造、配布手段を超スピードで見つけ出し、2021年1月末までに3億回分の接種量のワクチンを確保することを目指す官民一体のプロジェクトだ」
「このプロジェクトには農務、エネルギー、退役軍人三省も参加している。まさに国を挙げての国家戦略だ」
このプロジェクトではアストラゼネカと英オックスフォード大学のワクチン開発に12億ドル、モデルナには4億8300億ドル、ジョンソン&ジョンソンには4億5600万ドルが提供されている」
「トランプ氏が『ワクチンが3週ないし4週間以内に完成する可能性がある』と豪語しているのはこのOWPを念頭に入れての大風呂敷ということになる」
「ただ問題なのは、急ぐあまりにワクチンの安全性が疎かになることだ」
「CDCのレッドフィールド所長などが慎重な発言に終始している背景には、HIV感受性株に対する活性が期待されて開発されたヒドロシクロロキンが当初、生命を脅かす重篤な副作用を起こした前例があるからだ」
「新薬の接種許可権限を持っているFDAの生物製剤査定調査センター長のピーター・マークス博士などは『万一、的確なデータのないままに新ワクチンの接種許可を求めらるような場合には職を辞する』とまで言っている」
10月22日は奇しくも最終公開討論会
こうしてみると、トランプ氏がいかに大言壮語を繰り返そうとも、それはあくまでも素人のたわごとでしかないことが分かってくる。
さらにFDAが許可する前にワクチン使用の是非を決める全国民に公開される「御前会議」がある。
開催時期は10月22日。
2019年12月31日に設置(2年間の時限立法で設置)された「バイオロジカル・プロダクツ・アドバイザリー・コミティー」(Biological Products Advisory Committee=生物由来物資に関する諮問委員会)が行う公開会議だ。
(会議は通常は年4回開催されることになっている)
統括閣僚はアレックス・アザー厚生長官とマーク・エスパー国防長官。
15人の医療・公衆衛生分野の権威15人からなる委員会で、新たに開発されたワクチンの効力、安全性、投薬方法などについて議論し、その結果をFDAに勧告する。
コロナ関連で会議が延期されることがなければ、10月22日は奇しくもトランプ氏とバイデン氏によるテレビ中継公開討論会の3回目(最終回)が開かれる日だ。
その日、トランプ氏のウソがバレるのかどうか。バレた上でバイデン氏の猛攻をどう受けて立つのか。
新型コロナウイルスは米大統領選のど真ん中にどっしりと座り込んで動きそうにない。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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