時間短縮から休業といった措置を講じることは、営業時間の短縮や機会損失を招くため、企業にとっても苦渋の決断といえます。一刻も早くこの人手不足の問題を解決する取り組みが必要です。

 2023年春闘では大企業を中心に相次いで賃上げが発表されました。パートアルバイトの時給は過去最高レベルの高さです。どの職種も時給が上がっています。これだけ高ければ人もどんどん採用できているかと思いきや、現場は過去にないほどの人手不足で、店を閉めざるを得ない企業もでてきています。

【画像】吉野家と松屋の張り紙、周辺の時給(全3枚)

 消費トレンドを追いかけ、小売り・サービス業のコンサルティングを30年以上にわたり続けているムガマエ株式会社代表の岩崎剛幸がその背景を分析していきます。

吉野家ショック続く?

 私がその事実を知ったのは5月2日でした。都内にある「吉野家」西新宿8丁目店が、「4月19日午後3時から5月1日午前10時まで人員不足のため休業する」として店舗入り口扉に貼り紙をしているというニュースを見ました。

 この貼り紙の写真はいくつか投稿され、SNSなどで大変な話題になっていました。5月1日からは営業開始しているはずなので、この目で現場を見てみようと2日の午後5時30分ごろに同店に出向いてみました。照明がついているはずの同店は暗く、店が閉まっていました。

 店頭の貼り紙にはこう書かれていました。

 「5月1~9日の営業時間を午前7時午後5時に変更します」

 営業は再開したものの、短時間営業での再開となっていました。

 西新宿8丁目店はJR新宿駅から徒歩7~8分で、東京メトロ丸の内線西新宿駅から徒歩1分です。近くには東京医科大学病院があり、西新宿のビル街も比較的近く、飲食には適した立地です。

 周辺には他の牛丼チェーンハンバーガー店なども多く、立地の良さがうかがえる場所です。その西新宿8丁目店が10日間以上の休業後に時短での営業に切り替えています。時短の理由は書かれていませんでしたが、休業は人手不足が理由であると本部も認めていますので、まだ十分に解消されていないのだろうと推測できました。

 私は同じ日に同店周辺の同業店をまわってみました。すると松屋西新宿8丁目店も時短営業をしていました。松屋は人手不足とは公式に発表していませんが、確認したところ吉野家同様人手が足りていないことが一因のようでした。

 なお、吉野家西新宿8丁目店はその後、5月17~18日を休業日、19日は午前10~午後11時営業と、再び休業と時短営業を行っていました。

●時給が低いわけではない

 東京のど真ん中の新宿で、吉野家のような大手ファストフードチェーン人手不足に陥っている――これは只事ではありません。バイトが採用できずに休業を余儀なくされる状況が続けば、売り上げに影響します。

 大商圏の店舗は売り上げが高く見込めるため、休業はおろか、時短すらしたくないのが本音です。やっと新型コロナが5類に移行し、商売としてはこれからという時にこれでは経営者や店長は心配で仕方がないでしょう。なぜこのような状況になっているのでしょうか。考えられるのは「時給が低くて人が集まらない」です。そこで、周辺にある飲食チェーン各店の時給を調べてみました。

 昼の時給は平均で1222円、夜は1463円でした。マイナビの「2023年3月度 アルバイトパート平均時給レポート」に掲載されている関東の飲食・フードバイト時給が1262円です。それよりは低いですが、ほぼ平均値です。吉野家も決して時給が低いわけではありません。それでも人が集まらないのです。

 人手不足が原因で営業形態を一時的に変更する店もでてきています。回転ずしチェーンの「すし銚子丸三鷹店」では、5月3~7日の5日間、店内飲食を休止し、テークアウトのみの提供にすると発表して話題になりました。「ゴールデンウイーク中にスタッフが実家に帰省したり、旅行でスタッフの休みが重なったりしたため、商品提供のスピードサービスの質に影響が出る恐れがあることから休止を決めた」(同社広報)とのことでした。

 理由はもっともらしいですが、ゴールデンウイークの真っただ中にスタッフがおやすみだから店を閉めるということは、昔ならあり得なかったことです。それが今では当たり前のように起こっているのです。

●人手が必要という発想から抜け出せるか

 私は今回のこの問題にはいくつかの背景があると見ています。真正面から現実に向き合わないと、人手不足倒産になる可能性もあります。

 まずは人手不足が起きている現状を把握しましょう。これには4つの変化が関わっています。

若者の非正規雇用者は減少している

 総務省統計局の労働力調査(22年)によると、日本全体で就業者数は6723万人です。このうち非正規職員・従業員数は2103万人ですが、この10年間でもっとも非正規職員・従業員数の多かった19年と比較すると69万人、3.2ポイントの減少です。

 特に企業側が働き手として求める15~34歳の非正規雇用者が546万人から500万人と46万人減少しています。若者の非正規雇用者はこのコロナ禍で大きく減少したのです。

 一方、55~64歳、65歳以上の非正規雇用者は増加しています。特に65歳以上は19年よりも17万人増えています。55歳以上は正規雇用者数も増加しています。

有効求人倍率が上昇している

 23年2月時点で有効求人倍率パートタイム含む一般)は全国平均で1.41倍、東京都では1.85倍です。東京は前年比0.48ポイントアップしています。求職者よりも求人数が圧倒的に多い状況ですから、なかなか人が集まらないのは当然といえます。

 業種別では23年4月にはアパレルファッションの求人が1.5倍に増加しています。コロナ禍で大打撃を受けた業界ですが、アフターコロナを見据えて求人数がかなり増えています。同業界は若者に人気の高い職種です。アパレル業界のようにコロナで求人を抑えてきた業種が4月以降、一気に求人を増やしてきたことで、結果的に飲食・サービス業に流れてくる人材が減少しているのです。

●非正規社員の不足

飲食業では特に非正規社員が不足している

 東京商工リサーチが23年4月に発表した「人手不足」に関するアンケート調査(有効回答4445社)によると、全体の7割弱にあたる企業が「正社員不足」と回答しています。業種による不足感の中では、飲食、宿泊、娯楽サービスは、「正社員、非正規社員ともに、半数以上の企業が不足」と回答しています。

 コロナ禍で店舗の休業を余儀なくされて、パートアルバイトを減らさざるを得なかった代表的な業種が飲食や宿泊などのサービス業でした。それが徐々に客足が戻り始めてパートアルバイトを集めようとしても、すでに他業種に職を得てしまった人達はなかなか戻ってきてはくれません。普通に採用するだけでは人手不足は埋まらない領域にきているのです。

全産業レベルで時給が上がっている

 今は全産業レベルで時給が上がっています。マイナビの23年3月度アルバイトパート平均時給レポートでは「調査開始以来、全国の平均時給が1189円で過去最高になった」そうです。4月には若干落ち着いたものの、関西では過去最高の時給になるなど、まだまだ時給は上昇傾向にあります。

 パートアルバイトの時給を一気に2割引き上げたのはユニクロファーストリテイリングでした。その後、イオンオリエンタルランドは7%増、任天堂は10%程度増など、大手企業が続々と発表しました。最初の頃は「ユニクロだから時給を引き上げられるのだろう」程度に見ていた企業も、イオンディズニーランドなど身近で影響力のある企業が続々と非正規雇用者の賃上げを発表したことで、いよいよ本格的に非正規社員の賃上げに踏み切る必要がでてきたのです。結果的に全体の時給が引き上がりました。

 現在ではどの業種も時給が上がり、単に時給を上げただけでは求職者には響かなくなっています。これは、企業にとっては非常に厳しい状況です。そもそも「人がいないと店を開けられない」という固定観念から抜け出す、根本的な取り組みが必要かもしれません。

●「時給高い」「近い」「融通がきく」では限界

 では現実的にはどんな切り口で人手不足カバーしたらよいのでしょうか。

 私は「脱・高時給、脱・人依存、脱・若者」という3つの切り口があると考えています。

(1)脱・高時給

 時給の高さを競うのではなく、コンセプトを明確に打ち出すべきと考えています。4月、東京・新宿に大型の飲食店がオープンしました。東急歌舞伎町タワーフードホール「新宿カブキhall~歌舞伎横丁」で、複合型エンタメビル2階にできたレストラン街となっています。新宿カブキhallは1000平米、10店舗の飲食ブースで1300席の大型レストランです。そのアルバイト募集の内容がこちらです。

 時給は吉野家とそう変わらず極端に高いわけではありません。時間も夜から朝までの営業ですが、週1回3時間からOKで、新店であり話題性もあります。そして何といっても「オープニングスタッフで200人の仲間ができる」とあります。吉野家は「時給良くて、近くて、融通がきく」とアルバイト採用ページでうたっていますが、新宿カブキhallと比較すると、魅力が伝わりづらい感は否めません。

 同じ新宿エリアで働くのであれば、時給が良くて、融通がきいて、たくさんの仲間と知り合える話題の施設で働いてみたいと思うのが自然でしょう。若者ならなおさらです。この東急歌舞伎町タワーでさえ完全に人が充足しているわけではないようですが、それでも多数のアルバイトを雇用することができています。単に時給を高くすれば人が集まると考えている企業は今後かなり苦労します。

 時給以外で売りになるものとして私は福利厚生を重視しています。しかしそれも、何を大切にする会社なのかという自社、自店のコンセプトを明確に打ち出せないと、いくら福利厚生を整備したところで人は集まりません。高い時給や働きやすさを売りにして一時は人が入ったとしてもすぐに辞めてしまうでしょう。いかに時給以外の魅力を打ち出すかです。

(2)脱・人依存

 現実的に店を開けてお客さんを入れるためには人が必要です。しかし全ての作業を人だけに依存するままでは、人が集まらなかった時に店を閉めざるを得なくなります。人が少なくてもまわる仕組みを開発する必要があります。すかいらーくグループは、ロボットを活用してそれを打開しようとしています。すでに店内に配膳ロボットを導入し、およそ1年半が経ちました。全店の7割で配膳ロボが活躍しています。すかいらーくグループ2979店舗(23年4月時点)ありますので、およそ2000店舗以上に配置されていることになります。

 すかいらーくでは配膳ロボットの導入により、店の生産性を上げることにも成功しています。ガストでは従業員の歩行数が42%減少、片付け時間も35%減少し、店のピーク時の回転率は2%上昇しています。人のやっていた仕事をロボットが代わりに行い、人はロボットの歩きやすい導線を考えたりロボットの効率分析をしたり、店の売り上げをあげていくための仕事に従事するようになっています。

 結果的にすかいらーくでは23年3月の既存店売上高前年比が126.6%。19年比でも既存店売上高は90.4%にまで戻ってきています。午後9時以降の売り上げも上昇しています。ロボットを活用する企業は今後増えてくるでしょう。

 またローソンは22年11月に「グリーンローソン」(東京都豊島区)という実験店舗をオープンしています。モニター画面にいるアバターが接客やセルフレジの操作を教え、店舗に人がいなくても遠隔地からオペレーターが店舗を運営します。今後1000人のオペレーターを育て、地方加盟店の人手不足にも対応していくといいます。ただし、ロボットアバターは人と組み合わせてこそうまくいきます。アナログデジタルをどう一体化させるかは忘れてはいけないポイントです。

(3)脱・若者

 冒頭で紹介した年齢別の非正規雇用者で、もっとも増えている年代は65歳以上の人材です。企業の中にはまだ65歳以上人材の雇用に躊躇(ちゅうちょ)しているところもありますが、実際に早くから雇用してシルバー人材が活躍している飲食企業があります。

 それはモスバーガーです。同社では14年ごろから積極的にシルバー人材の採用をしています。当時「モスジーバー」と一部では呼ばれていました。その当時、モスの担当者にお話をうかがったことがあるのですが、人手不足からシルバーを採用し始めて、思わぬ副産物があったそうです。

 「高齢者の方々は無遅刻・無欠勤で非常に真面目に働く。お客さまの反応も良い。もともと若い世代が中心の客層でしたが、同世代の方が働く姿に安心感があるからか、高齢者のお客さまが増えるという相乗効果もでてきた」という内容でした。最近も、モスの店内ではシルバー人材が朝から働いている姿をよく見かけます。朝モスのメイン客層は40~50代女性と60代男性が多いのだそうです。若者だけが非正規の対象ではありません。モスジーバーのような人材活躍が、新規客開拓のきっかけにもなります。人手不足時代の切り札といえるかもしれません。

 人手不足は今や日本企業の抱える大きな課題となっています。小手先の対応策ではどうしようもないところまできています。自社は何をめざしている会社なのか。ありたい姿を描けない会社に人はやってきません。各社の抜本的な対策が求められています。

(岩崎 剛幸)

各業界で人手不足が深刻化


(出典 news.nicovideo.jp)