防衛政策に対しては、賛否両論あることは事実ですが、一つのポイントとして「邦人救出」が挙げられます。特に、台湾や韓国といった隣国での事態が発生した場合には、真価が問われることになるのでしょう。

岸田文雄

防衛費増額の財源確保のための特別措置法案(財源確保法案)を巡って、立憲民主党は、問題の多い欠陥法案だとして、5月16日、鈴木俊一財務大臣に対する不信任決議案を衆議院に提出した。

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■防衛費増額、野党の足並みの乱れ

不信任決議案が優先して取り扱われるため、特措法案の採決は見送られた。与党は不信任決議案を否決した上で、23日にも法案を衆議院で採決させる方針である。

しかし、野党でも、日本維新の会国民民主党は、「日程闘争は古い考え方」だとして、不信任案には賛成しない方針である。

5月15日NHKが公表した世論調査では、政党支持率は、維新が6.7%と、立民の4.2%を凌駕し、野党第一党に躍り出ている。自民党は、連立のパートナー公明党から維新に変更する可能性もあり、防衛費増額に関する政党間の見解の相違は、今後の政局にも影響しうる。


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■桁違いの邦人を避難させる作戦

防衛費増額を岸田内閣が決めたのは、ウクライナ戦争の影響である。世界の多くの国が軍事費を増額しており、世界は軍拡の時代に入ったと言える。とくに、東アジアでは、中国が台湾を武力統一する可能性が議論されており、ウクライナ戦争と同じような危機が生じるのではないかという危惧の念が高まっている。

それも、日本の防衛費増額方針の背景にある。台湾有事の場合、日本が交戦国になるのではないが、アメリカが台湾の防衛に加担すれば、日米同盟によって日本の自衛隊も支援に回らざるをえなくなる。もちろん、沖縄などにある米軍基地から米軍が出動する。そうなると、日本も中国軍の攻撃対象になりうる。

そのような危機の場合に、確実に実行せざるを得ないのが、台湾にいる在留邦人(約1万5千人)の避難である。これは、朝鮮半島有事の場合も同じで、韓国から在留邦人(約4万人)を避難させねばならない。

4月にはスーダンで内戦が発生し、邦人の避難のために自衛隊が派遣され、無事に任務を完了した。65人の避難に成功したが、台湾や韓国の在留邦人の数は桁違いに多い。どうするのか。


■過去の苦い経験

日本は、過去に邦人救出で苦い経験をしている。

ベトナム戦争サイゴン陥落のとき、1975年4月、邦人救援に向かった日本航空機はサイゴン空港破壊のため着陸できなかった。また、イランイラク戦争の際に、1985年3月、自衛隊機も民間機も動けず、親日国トルコトルコ航空機が救援に向かい、イランから日本人216名を乗せて飛び立った。日本の自衛隊は海外の邦人を救出する法的根拠も、能力も与えられていなかったのである。

そのような経験を重ねた上に、その後の国際情勢の変化を受けて、1994年11月自衛隊法が改正され、自衛隊の一般的・恒常的な任務として在外邦人等の輸送を規定する第100条の8が設けられた。そして、邦人に加え、同様の保護を要する外国人も「同乗させることができる」と規定された。

輸送は、原則として政府専用機により行うとした上で、状況により自衛隊輸送機を使用することができるとした。運用指針では、安全が確保されないかぎり派遣しない以上、輸送に関わる航空機を防護するために、武器を携行し、使用することはないとされた。また、自衛官は拳銃のみを携行すると決められた。


■さらに法的整備が進展

次いで、1999年5月の自衛隊法改正では、在外邦人の輸送手段として新たに船舶及び当該船舶搭載のヘリコプターが追加された。

また、輸送の安全が確保されている場合にも、不測の事態に備えて、自衛官は自己や保護下の邦人を防護するために武器使用が可能とされた。そのために自衛官が携行する武器は、「拳銃、小銃又は機関銃に限る」とされた。

2007年1月の自衛隊法改正は、防衛庁が防衛省に昇格したのに合わせて、これまで「付随的な業務」とされていた在外邦人の輸送を自衛隊の本来任務とした。

2013年1月にアルジェリアで邦人に対するテロ事件が発生したことを受けて、11月自衛隊法の改正が行われ、輸送対象者に「輸送の実施に伴い必要となる者(日本政府関係者、企業関係者、医師など)」及び「輸送対象者である邦人等に早期に面会若しくは同行させることが適当と認められる者(家族等の関係者)」を加えた。

また、民間機が行けない危険が存在しても、実施可能と判断すれば自衛隊機は行けるとしたのである。さらに、輸送手段として車両が追加され、自衛官が武器を使用することができる範囲を拡大した。


■アフガニスタンでの失敗

その後、アフガニスタンから邦人などを避難させる事案が発生したが、結果的に成功しなかった。2021年8月、アフガニスタンの邦人避難のため、自衛隊のC2輸送機1機とC130輸送機2機がカブール空港に派遣されたが、日本人は空港までたどり着けず、1人を乗せただけであった。

この事態を受けて、2022年4月に自衛隊法が改正された。まず、輸送対象者である「邦人」の定義を拡大し、(1)邦人の配偶者又は子である外国人、(2)名誉総領事・名誉領事、在外公館の現地職員である外国人、(3)独立行政法人(JICA、JETROなど)の現地職員である外国人を含むとした。さらに、輸送手段については、「政府専用機の使用を原則とする」という規定が削除された。

スーダンからの邦人輸送が今回は成功したのは、以上のような失敗の反省と自衛隊法改正の成果が現れたからである。

今後の課題は、台湾や韓国の在留邦人を万単位の数で避難、救出させるにはどうするかという具体的シナリオを描き、その準備を始めることである。


■執筆者プロフィール

舛添要一

Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。

今週は、「防衛費増額」をテーマにお届けしました。

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(文・舛添要一

台湾・韓国有事で真価問われる防衛政策 ケタ違いの「邦人救出」は遂行できるのか


(出典 news.nicovideo.jp)