少子化が止まらなくなる。

団地住民への差別、生活保護への偏見も…当事者女性が語る“地方の貧困家庭”のリアル「『誰も味方じゃない』と思っていた」 から続く

 地方の貧困家庭で育った、ノンフィクションライターのヒオカさん(27)。さらに、幼い頃から父親の暴力を受けて生活を送ってきた。

 2022年9月には自身の壮絶な人生を綴った著書『死にそうだけど生きてます』(CCCメディアハウス)を上梓し、反響を呼んでいる。そんなヒオカさんに、長年貧困問題を取材し、自身も貧困・虐待家庭で育った吉川ばんび氏が話を聞いた。(全2回の2回目/1回目から続く)

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上司からのパワハラが原因で会社を退職

――幼少期に受けていた虐待の影響は、就職してからも続いたのですか?

ヒオカさん(以下、ヒオカ) 目の前で母が殴られたり父が怒鳴ったりするのが日常だったので、大人になってからも男性の怒鳴り声が本当にダメで。

 入社したての頃、直属の上司が2人いて、両方男性だったんです。指導役の上司はわかりやすい「パワハラタイプで、わざわざみんなの前で怒鳴ったりするんですよ。すると私、心臓がバクバクして、体が硬直して動けなくなってしまって。

 記憶力が良いほうなので、幼少期の頃からの出来事はほとんど覚えているんですけど、当時の記憶だけはところどころないんです。

――ストレスに対する、防衛本能みたいなものなのかもしれないですね。

ヒオカ もう1人の上司は、私に対してかなり執着するタイプの人で、後輩への愛情ゆえに少しストーカーっぽくなってしまって。

突然休憩室で立ち上がれなくなり…

――どんなことをされたんですか?

ヒオカ 最初は優しかったんですけど、だんだん私の行動を制限するようになって。「体調不良で休みます」と会社に連絡を入れたときには、理由をしつこく深掘りしたりするんです。「生理?」と聞かれて否定しても「生理くらいで休まないでよ。今からすぐ来い」と言われて、体調が悪いまま出社することもありました。

 そういうのがだんだんエスカレートしていって、毎日退社時刻を過ぎてから、1時間丸々説教をされるようになりました。それである日、突然休憩室で立ち上がれなくなってしまって。体が動かなくって、ブワーッと涙が出てきて。「壊れた」という感じでした。その記憶すらも前後が消えてしまっているんですけど。

――それでどうされたんですか?

ヒオカ その日付けで辞めました。次の転職先を決めてからじゃないと就活市場で不利になると後で知ることになるのですが、実際にパワハラで倒れてしまうと、辞めざるを得ない状態になるんですよね。

転職活動中に正社員で受かったのは、低賃金のブラック企業ばかり

――一刻も早く逃げる選択をしたということですね。その後の転職活動はどのように進めたのでしょうか。

ヒオカ 退職したのは良いものの、体がボロボロですぐには働けない。でも生活しないといけないから転職活動はするんですけど、復職が本当に厳しくて。キャリアアドバイザーの人からも「3年以内に辞めてしまうと実務経験にならないから……」と言われてまともに取り合ってもらえませんでした。

 国公立の大学を卒業しても、一度会社を辞めたらそれがリセットされる。日本の雇用システムは、一度コースアウトした人が正規ルートに戻りにくいようになっていると実感しました。私が転職活動中に正社員で受かったのは、どこも低賃金でブラック企業という噂があるところだけ。そもそも実現可能な選択肢が、非正規の仕事ばかりでした。

日本は公的支援制度が足りていない

――復職がしづらい構造ということもあってか、会社を辞めることを「人生をリタイアする」くらいに考えてしまって、追い詰められる人もいますよね。

ヒオカ 問題なのは、日本はずっとそんな雇用システムであるにも関わらず、公的支援が薄いところ。

 今の日本は、生活保護以外に活用できる支援があまりないんですよね。でも生活保護だと、受給要件が厳しくて受けられない人もいる。車を手放さないといけなかったり、資産を全て処分しないといけない場合もある。

 コロナ禍でも問題になった生活福祉資金貸付制度だと、結局は返済をしなければならない。ただの借金じゃん、という。 

――生活保護以外の支援制度がもっと充実すれば、ということですか。

ヒオカ もちろん生活保護は条件に合えばだれでも受ける権利はあるので、もっと受けやすくなって欲しいですが、それ以外の制度ももっと必要だと思います。例えば休職している間に手当をもらうにも、派遣だともらえなかったり条件が厳しかったりする。とにかく、コースアウトしてしまった人がまた自力で生活できるように支援する制度が足りないなと感じています。

 あとは、現状の支援制度では、トラウマケアについての視点が抜け落ちているように思います。例えば虐待やDV、ハラスメントなどの被害に遭った場合、まずは住宅環境が整わなければ心身は回復しないし、腰を据えて就職活動をすることも働くこともできません。

――ホームレス支援においての「ハウジングファースト」(住まいを失った人々が、安心して暮らせる住まいを確保することを最優先とする支援や考え方)の理念と同じですね。

ヒオカ 安心して眠れる場所がないと、それこそ憲法で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることもできませんから。

貧困による障壁の多さを多くの人に知ってほしい

――ヒオカさんは、昨今の「自己責任論」についてどう思われますか?

ヒオカ 正直なところ、貧困問題に対しての視座があまりにも低いなと感じます。

 生育環境や条件が変わると、同じゴールを目指すにも道のりが険しくなったり大きな障壁がそびえ立っていたり、場合によってはたどり着くのが「不可能」になったりする。それをもっと多くの人に知ってほしい。

――以前も「親ガチャ」というワードが話題になりましたね。最近だと、大学生生活保護受給可否についての問題がネット上でもかなり波紋を拡げました。

ヒオカ 虐待親から逃れて、奨学金アルバイトで生計を立てている大学生が、病気や怪我などで一時的に働けなくなった際に生活保護を頼りたくても頼れない、というやつですよね。

――そうです、ネットSNSでトレンド入りするくらい話題になっていました(※)。

(※編集部注:大学生から相談を受けた行政側が窓口で「大学は贅沢品です」「大学を辞めてから来てください」と申請書すら受け付けず違法に申請者を追い返す、いわゆる水際作戦を行った。その後、相談者がネット上で署名を集めて厚労省に提出。厚労省では大学生生活保護の受給等に関して、5年に1度の審議会で検討が行われたが、制度見直しとならなかった。)

ヒオカ ヤフコメツイッターを見ると、大学生生活保護受給に否定的な意見ばかりで。「高卒で働いてお金を貯めてから大学に行け」みたいなコメントがすごく多いじゃないですか。

 今の時代、就職活動をするにしても、安定した仕事だと最終学歴は「大卒以上」を求められるのに、いつの時代の話をしているんだろうと。 

――現実的な解決につながりにくいなどの批判が多く寄せられますよね。

ヒオカ 高校を卒業してすぐ、給料が良いところに就職できる人はほんのひと握りだと思います。特に長時間労働の場合、毎日早朝から夜遅くまで働いて、帰った頃にはフラフラで、すぐ明日の仕事に備えて寝なきゃいけない。

――職場と家を往復する「日常」の維持だけで精一杯になるんですよね。しかも高卒は大卒に比べて賃金が下がりますし、1人で生活するとなると学費を貯金するのも難しいでしょうし。

ヒオカ 就活市場でも、企業にとっては現役の新卒より優先度がかなり下がってしまう問題もありますね。そういった構造自体が変わって、社会人になってから大学に進学するのが一般的になった社会だとすれば、まだわかりますけど。

日本は若者への投資や支援が薄い

――高卒で働いて、資金を貯めてから大学に通おうとしている人のケースに何度か接する機会がありましたが、やっぱり日々に疲れてしまったり、節約しても貯金ができなかったりして、諦めざるを得ない状況にあるようでした。

ヒオカ 経済的に後ろ盾がない人間にとっては「社会人になってから大学進学」は全く現実的じゃないですよね。貧困の構造から抜け出すためには学歴が必要なのに、問題解決を先送りにしているだけ。それを18歳やそこらの子供に強要してしまう社会は、あまりにも残念です。

 そういう意味で、日本は若者への投資や支援が本当に薄い。「大学にも行って、生活保護も受給するなんてずるい」みたいな、何に関しても「ずるい」という目線で物事を見ている人が多すぎる気がします。

――弱者に対しては「普通の生活を手に入れたいなら、その前に何かをあきらめて捨てろ」という意識が強いのかもしれませんね。本来なら「普通の生活すら送れない人」は支援されるべきなんですが、さらに我慢を強いられてしまう。

ヒオカ 大学を無償化している国もありますけど、まだ日本では「社会全体で子供を育てる」的な視点は持ちにくいのかもしれない。 

――著書の中でも「社会が変わるべき」と書いておられましたが、具体的にどのような変化が必要だとお考えですか?

ヒオカ 先ほどの話でもそうですけれど、「貧困問題を解決する」という課題に対して個人が興味を持つこと、そして理解を深めることは必要だと思います。日本財団2015年に試算した結果、このまま国が「子供の貧困」を放置すれば、いずれ国家が被る社会的損失は最大40兆円まで膨らむこともわかっている。貧困の放置は社会全体に影響するので、子供の教育などへ公共投資を行うべきなんです。

 そういった長期的な視点や、アカデミックな知見や数値に基づく現実的な解決方法が世間に浸透しない限り、現状は変わらないのかなと思います。このまま「生活保護はずるい」みたいな足の引っ張り合いをしているうちは。

2023年度から執筆業に割く時間を増やしていきたい

――ヒオカさんは今、フルタイム動画編集アルバイトをしながらライターとしても活動されているそうですね。今後、何か取り組みたいことや関心のある領域はあるんですか?

ヒオカ 実は2023年度から執筆業に割く時間を増やしていきたいと思っていて。これまではフルタイムの仕事があったのであまり取材に行けなかったのですが、これから取材したいこと、書きたいことはたくさんあります。例えば、入管法上の仮放免の問題に関心があります。

――仮放免中の外国人滞在者が不当な扱いを受けている問題を取材したい、ということですね。貧困問題と同様、当事者でなければ知らないことはたくさんあって、実際の声を拾うことで情報の解像度が情報の解像度が変わってくると思います。

ヒオカ 貧困や虐待について発信するなかで、同じ経験をしていた人から「自分だけじゃなかったんだと知って、救われました」と言われることがたまにあって。

 何か問題に直面している人は、「同じ経験をしている人がいる」というだけで安心するのかもしれませんね。でもそれってすごく大事だと考えていて。以前は「もう貧困に関する体験談って出尽くしているし、わざわざ自分が書く理由なんかあるのか?」と思っていたんですけど、「救われた」と言ってもらえたことで、今は「あ、(この話を)出してよかったな」と思えます。

撮影=釜谷洋史/文藝春秋

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(吉川 ばんび)

ノンフィクションライターのヒオカさん ©釜谷洋史/文藝春秋


(出典 news.nicovideo.jp)