圧倒的に優勢なロシア空軍機が、現状ではロシア領域内に引き下がっている。そして、ウクライナ軍(ウ軍)の防空ミサイルに撃墜されない場所から、ミサイルを発射している。
空軍戦力の差があれば、ウ軍の防空ミサイルや航空戦力をすべて短期間に破壊していて当然だと考えるのだが、実際はそうではない。
これらの理由について、ウ空軍と露空軍の戦いの分析から、徐々に見えてきたウ空軍と露空軍の実態について考察する。
1.侵攻当初:防空レーダー破壊を重視
侵攻当初、露軍はウ軍の防空兵器特に防空レーダーの正確な位置を確認していた。
ウ軍はそれを予測していた。
侵攻当初、航空攻撃が始まるまでに防空兵器の機能を停止し位置を移動していた。そして、破壊を免れた。
移動できなかった防空兵器だけは、露軍機の攻撃によって破壊された。
侵攻当初、まず露軍機の前に囮を飛行させ、これに対しウ軍レーダーに電波を出させてその位置を暴露させ、そして対レーダーミサイルを発射して破壊した。
より詳細に説明する。
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI= Royal United Services Institute for Defence and Security Studies)などによると、ロシア空軍機が「E-96M」デコイを発射し攻撃機の前方を飛行させた。
ウクライナの防空兵器、例えば「SA-3」(射程20キロ以下)、「S-300 」(SA-10、射程120~200キロ)や「SA-11」(射程約30キロ)のレーダー(特に射撃管制レーダー)に電波を放出させる。
「Su-34」「Su-35」戦闘機が、これらのレーダーに向けて、対レーダーミサイル(HARM)「Kh-58」(射程70~200キロ)、「Kh-31」などを撃ち込み(スタンドオフ攻撃)、あるいは位置を特定しておいて、後で巡航ミサイルや弾道ミサイルを撃ち込んで破壊した。
侵攻当初は、旧式のSA-3や移動できなかったS-300を破壊するなど戦果を挙げた。
しかしその後、大量の対レーダーミサイルを発射したものの、S-300やSA-11などの多くは破壊できなかった。
(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイト=https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73543でお読みください)
2.防空兵器破壊回避を最重視
ウ軍は、侵攻直前に防空ミサイルの位置を移動して破壊を逃れた。
この時、ロシア軍機から発射された各種ミサイルは事前に調べた位置に正確に命中していたので、移動していなかったならば防空兵器はほぼ全滅だっただろう。
ウ軍は、間一髪で航空優勢を完全に取られてしまうような危機を回避できた。
だが、防空ミサイル部隊が射撃陣地を変換しているその時期に、ウ軍地上部隊は露軍機の近接航空支援を得た露地上軍から攻撃を受けていたのだが、ウ軍防空兵器は、露軍戦闘機などに射撃できなかった。
ウ軍防空ミサイル部隊はウ軍の地上作戦を支援できなかった。このために、ウ地上軍部隊は各正面で劣勢に追いやられてしまったのだ。
つまり、ウ軍は露の侵攻当初、地上部隊の犠牲が出ても、領土を占領されても、防空兵器を隠して温存しておくことを何よりも優先していたと言える。
侵攻から1週間後には、ウ軍の各種防空兵器はその能力を逐次取り戻していた。露空軍機は、その後もウ軍の防空兵器を破壊しようとしたができなかった。
3.防空の成功は電子戦の勝利
露空軍機は、最新鋭の戦闘機を投入して空対地ミサイル、対レーダーミサイル攻撃を行ったが、ウ軍防空兵器を破壊できなかった。電子妨害も失敗した。
ウ軍防空兵器を破壊できなかったのは、ウ軍が米国の支援を得て防空レーダー諸元を変更したことに露軍が対応できていないと考えてよい。
米国の支援を受けたウ軍の電子戦の勝利だ。
この電子戦の勝利の詳細は不明だが、この戦争の最も注目すべきことだと思う。
このため、露空軍機は、ウクライナの上空を飛行できずにいる。ウ軍防空兵器の残存によって、露空軍は作戦を大きく変更せざるを得なくなった。
露軍は、ウ軍の防空兵器を破壊するために、他の方法も取った。
4月以降、露空軍は露製の「Orlan-10」無人機を飛行させて、ウ軍の防空ミサイルのレーダー(射撃管制レーダー)を作動させて、このレーダーの位置を発見し、砲撃により破壊した。
この被害を受けたのが、ウ軍防空部隊の中距離防空兵器のSA-11、短距離防空兵器の「SA-8」(射程5~10キロ)だ。
この結果、ウ軍は短中距離防空兵器を前線から後方に移動せざるを得なくなった。
4.空対空戦闘で露軍圧倒は1週間だけ
RUSI情報によれば、露空軍最新鋭戦闘機のSu-30長距離迎撃機およびSu-35多目的戦闘機が、侵攻当初の1週間、1日あたり140回の出撃を行い、高度3600~9000メートルでウクライナ領域300キロまで侵入し、ウ軍戦闘機を空中で破壊したとある。
具体的には、ウ軍の「Mig-29」「Su-27」戦闘機を中高空域の空中戦で、また低空飛行して地上作戦を支援する「S-24」「Su-25」攻撃機を撃墜した。
露軍のSu-30、Su-35戦闘機は、長射程ミサイル「R-77アムラームスキー」(射程80~110キロ)を頻繁に発射した。
ウ軍機は、このミサイルの攻撃を察知する前に撃墜された。このためウ軍戦闘機や攻撃機は低空・超低空飛行で攻撃することを余儀なくされた。
低高度で飛行するウ軍機は、長射程SAM(地対空ミサイル=Surface to Air Missile)の「SA-400」(射程約400キロ)と全高度レーダーポドレッド「K1」との連携で撃破された。
一方、ウ軍参謀部の情報によれば、ウ軍機の健闘もあり侵攻当初から5週間では、露軍機の被害も下記の表のとおり相当出たのである。
露軍機の損失状況(週ごと)
ところが、露軍機が圧倒的に優勢だったのは、たったの1週間だけであり、その後はウクライナ領域内を飛行できなくなっていくのだ。
5.防空戦力回復にたじろぐロシア空軍
侵攻当初、ウ軍の防空兵器の主力は露空軍の攻撃から免れて残存できた。
逃れてから復帰するまでにしばらくかかったものの、防空兵器が動き出し、防空戦闘が可能になった。
このことにより、中高空域を飛行して攻撃を行った露空軍の戦闘機・攻撃機は、撃墜されるようになった。
ウ軍の防空兵器の多くは、ロシア空軍の対レーダーミサイル(HARM)の攻撃にも、破壊されることはなかった。
それは、ウ軍の防空兵器部隊が何度も陣地を変換し、ウ軍防空兵器が露のHARMに破壊されないように機能を改良(変更)していたからだ。
そして、電子戦に敗北せずに生き残って、防空戦闘を継続しているのだ。
露軍戦闘機によるHARM攻撃は、ウ軍の旧式のレーダーの破壊に限られていて、S-300やSA-11(ブーク)などは、残存することができた。
その後も、露軍の攻撃に対して露製HARMに対する防護処置(位置の変換とレーダー諸元の変更など)を施していた。
対レーダーミサイル攻撃には、HARMに敵のレーダー電子データを入力して、そのミサイルを発射する戦闘機が、ウ軍レーダーの電波を受信し識別する能力、そしてミサイルがその電波の発信源に飛翔して命中することが必要だ。
これらについて、平時の絶え間ない解析と準備、そのための時間が必要だ。
*詳細については、JBpress「ウクライナが空からの大反撃開始へ、空中電子戦で敗北したロシア」(2022年9月16日、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71849)を参照されたい。
有事に、相手国がこれらの諸元を急遽変更すれば、短期間に戦いつつ情報を集め解析することはできない。
露空軍は、最新型の戦闘機を有していてもHARM攻撃ができないのだ。
露空軍はお手上げ状態なのだろう。米欧の経済制裁で部品を入手できないから、器材を改修しようにもできない。
中高空域を狙うウ軍防空兵器が、侵攻から1週間後の3月3日以降、その能力を発揮した。
高度3000~5000メートル以内の中高空域を飛行する露軍戦闘機が撃破されるようになると、露軍は対地攻撃機であるSu-25やSu-34で、高度約150メートルのほぼ超低空から攻撃した。
しかし、米欧から供与されたウ軍の大量の携帯型地対空ミサイルから攻撃を受け、大きな損害を出した。
露空軍戦闘機などは、侵攻から約1~2か月の間に多くの損害を出しながら、航空戦闘を行い、犠牲を出してもウ防空兵器を破壊しようとした。
しかし、結果はできなかった、そして今後もできない可能性が高い。
露空軍戦闘機は、超低空から低空、中高空域までの全空域でウ軍の各種ミサイルから攻撃されてしまう。
したがって、露軍はウ軍防空ミサイル部隊の射程外、つまり露領内から長射程ミサイルを発射するしかないのだ。
露空軍機は、今後もこの戦い方でしか戦えない。
6.ロシア空軍機の地上軍作戦支援と支援拒否
ウ軍防空ミサイルが防空戦闘に復帰してからは、露軍機は撃墜されるのを避けるために、まず中高空域から超低空・低空飛行をせざるを得なくなった。
超低空~低空を高速で飛行する攻撃機からは、ウ軍と露軍の地上軍が直接照準射撃で戦う第1線の状況は見えない、両軍の詳細な位置を確認することもできない。
それでも低高度以下で攻撃する露軍戦闘機は、ウ軍の携帯地対空ミサイルで撃破されるようになった。
露軍は、携帯地対空ミサイルからの攻撃を避けるために夜間攻撃を実施した。
携帯SAMを保有するウ軍の兵士は当初、夜間の暗視装置を保有していなかったために、ロシア軍機Su-34戦闘爆撃機による夜間攻撃は成功を収めた。
その後、ウ軍兵士が夜間暗視装置を保有してからは夜間攻撃でも撃墜されるようになった。
つまり露空軍攻撃機は現在でも、地上軍の作戦を支援できない。
9~10月のウ軍の反撃で、露地上軍がキーウ、ハルキウ、イジューム、ヘルソンで後退したのは、露空軍の支援が得られなかったことが大きい。
そして、低空飛行による目標選定の難しさから、経験豊富なパイロットたちはウクライナ領域に入って攻撃することを拒否するようになった。
航空優勢を獲得していない露軍の戦闘機や攻撃機は、ウ軍の防空ミサイルの射程内には入らなくなった。
これにより、ロシアは戦闘機などの損失を著しく減少させることができた。
だが一方で、戦闘機と地上軍を密接に連携させて攻撃することや、空軍機からの正確なミサイル攻撃ができなくなった。また、ウ空軍機を破壊することもできなくなった。
ミサイル攻撃は、ウクライナの都市およびそのインフラ、特にエネルギー施設を狙って攻撃するようになった。
このような露軍機の戦いでは地上戦闘で勝利することはできない。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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