法律を変えること

2022年9月5日に、30代のシングルマザーの女性が、出産したばかりの女児を公衆トイレに遺棄した容疑で逮捕されました。女性がそこまで追い込まれた背景には、養育費等の将来不安があると考えられます。シングルマザー、とりわけ未婚のシングルマザーの養育費の受け取りの実態と、その背景に迫ります。

4人に3人が養育費を受け取れていない

逮捕された女性は、生活保護を受給しながら複数人の子どもを育てていたとのことです。もしも子どもたちの父親から養育費を受け取ることができていれば、今回の事態は避けられた可能性があります。

では、養育費の受給状況はどうなっているでしょうか。厚生労働省平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告」を見てみましょう(【図表1】)。

20歳未満の子を養育している母子世帯の母の受給状況は「現在も受けている」が24.3%となっており、約4人に1人にとどまっています。

また、「過去に受けたことがある」すなわち、途中から何らかの事情により受給していないケース15.5%となっており、当初の養育費の取り決めが守られていないケースが相当程度あることが推察されます。

未婚シングルマザーはほとんど養育費を受け取れていない!

ただし、それ以前に、そもそも養育費の取り決めすらされていないケースも多くなっています。

本来、父親が子を養育するのは法律上の義務です(民法877条)。それは、離婚しようが、未婚だろうが変わりないはずです。したがって、養育費の取り決めは当然行わなければならないものです。

しかし、現実には、「取り決めをしている」が42.7%にとどまっているのに対し、「取り決めをしていない」が54.2%と過半数にのぼっています。

さらに、未婚のシングルマザーのみに着目すると、事態はさらに過酷です。

すなわち、「離婚」の場合は45.9%が取り決めをしているのに対し、「未婚」の場合は13.3%しかありません(【図表2】)。

しかも、そのうち「現在も受けている」は54.2%なので、未婚のシングルマザー全体でみると7.2%しか受け取れていないということです(【図表3】)。

つまり、今回のいたましい事件の容疑者女性と同じ未婚のシングルマザー世帯の場合、現状、大多数の父親が責任を果たさず「逃げ得」が許されてしまっているということです。

このように、養育費の問題は、結局、以下の2つに集約されます。

1.養育費の取り決めをしているケースが少ない

2.養育費の取り決めをしても履行義務が守られていないケースが多い

いずれに関しても、次に述べるように、背景には構造的な問題があると考えられます。

養育費の取り決めができない構造的な理由は「父親」にあり

まず、養育費の取り決めをしていない理由に着目してみましょう(【図表4】)。

最も多いのが「相手と関わりたくない」で31.4%、ついで「相手に支払う能力がないと思った」が20.8%、「相手に支払う意思がないと思った」が17.8%となっています。

これに対し、母親が最初から養育費を請求する必要性自体を感じていないケース、すなわち、「自分の収入等で経済的に問題がない」は2.8%にとどまっています。

このことからすれば、ほとんどの母親が、できれば父親に何らかの形で養育費を負担してほしいと考えているのに、「相手」すなわち父親に関連する何らかの事情が障害となって請求できなくなっているという現状がうかがわれます。

本来、「相手と関わりたくない」「相手に支払う能力・意思がないと思った」といった理由は、法的に父親の養育費を免れさせる理由にはならないはずです。

この点をとらえ、「子どものために、ちゃんと請求すべきだ」と安易にいうのは簡単です。しかし、これを母親だけの落ち度とするのはあまりに酷です。

父親の側でも、総じて親としての法的義務が十分に自覚されていないということは論をまちません。

次に、養育費の取り決めがあったとしてもその履行義務が守られていない点については、厚生労働省の調査では直接は触れられていませんが、履行義務を確保する法的制度があっても、十分に活用されていないことがうかがわれます。

いずれにしても、法律上は父親に養育費の負担義務が定められているにもかかわらず、実際にその負担義務をきちんと履行させるシステムが十分に機能していないのは明らかです。

たとえば、以下のような法制度について、十分に周知徹底されているといえるでしょうか。

・離婚後も養育費の請求をすることができる

・父親の毎月の給与等に強制的にかかっていける制度がある

厚生労働省や各地方公共団体は、これらの制度を有効に機能させるため、「養育費相談支援センター」を設置し専門の相談員を配置するなど、養育費に関する啓発活動やサポート活動を行っています。

しかし、その性質上、もっぱら母親を対象としたものとならざるをえず、父親に対する啓発活動に直接結びつくものとはいえません。また、一省庁や各地方公共団体の取り組みには限界があります。

また、「親になってから」ではなく、親になる前の段階で、十分に親の法的義務について周知徹底することが求められています。

たとえば、義務教育の段階で、親による子どもの養育義務の内容や、それが片方の親のみに負わせられるものでないこと、また、履行確保のための法的手段等があることとその中身についての正確な知識・情報を教える時間をカリキュラムに組み込むなど、今からでも実現可能なことはたくさんあると考えられます。

(※画像はイメージです/PIXTA)


(出典 news.nicovideo.jp)