日本国内のニュース報道でもウクライナがトップニュースとなる日はめっきり少なくなり、現地の戦況もどちらがどれほど優勢なのか判断しようのない報道ばかりである。
一方、ロシア国内の状況をみるとモスクワのビジネス関係者と話している限りでは戦争をやっている国とは思えないリラックスぶりである。
さすがに「非友好国」へ海外バカンスに出かける人は減っているが、ロシア国内、あるいはトルコ、中東諸国でくつろぐ様子を、わざわざフェイスブックにアップする(ロシア国内ではブロックされている)輩も多い。
こうした中、8月14日のロシアの独立系経済ニュース「The Bell」に気になるニュースが報じられた。
そのタイトルは「ロシアのスタートアップは米国内での差別といかにして闘うのか?」である。
ロシアの軍事侵攻に対し、欧米諸国および日本などがロシア政府関係者、国営企業、ロシア政府に近いとされる経済人やその企業を対象とする経済制裁を科している。
対象となっている民間企業はロシアでも大手企業であり、中小企業の場合は軍事関係の企業である。
ほとんどの民間企業は経済制裁の対象外であったと言っていい。
一方、ロシア国内の有望なスタートアップ企業は2014年3月のクリミア併合後あたりから、本社を欧州諸国やイスラエル、湾岸諸国、シンガポールあるいは米国へと移転する動きがじわじわと始まっていた。
そして米国へ移転する企業の多くは、米国東部デラウェア州に会社を設立・登記する。
デラウェア州は米国で2番目に面積が小さい州であるが、デラウェア州会社法は最も法的に安定した会社法であることから、「Fortune500」企業の60%以上がデラウェア州法人となっている。
ロシアから米国に移転する企業も例外ではなく、多くのベンチャー企業が西海岸シリコンバレーで事業展開していても会社登記はデラウェア州というケースが多い。
これまでロシア人創業者がデラウェア州で会社を登記する場合、創業者が米国居住者であることは必要ではなかったが、その代わりに登録代理人を置く必要があった。
デラウェア州では、法人は事業活動を行う場所および営業所・事務所の所在地をデラウェア州内に確保することを要求されることはありません。
唯一義務づけられているのは、デラウェア州内に登録代理人を置くことです。
また、出資者も経営者も米国籍を有する者である必要はありません。
経営者および出資者は、書面による同意さえあれば、会議を開催せずに、世界のどこからでも、議決権の行使およびその他の方法による意思決定を行うことができます。
しかも、「書面による同意」も、電子的な方法を用いて行うことが可能です。
(出所:https://corplaw.delaware.gov/jpn/borders/)
ところが、この登録代理人がロシア企業に対するサービスを停止したためにロシア企業が困難に直面しているという。
ロシア出身の起業家によるSNSチャネルが行った直近の調査によると、参加者の70%がこうしたサービス停止の通知を受け取っている。
この背景は「ロシアの軍事侵攻に対抗するためにロシアに対する新規投資と特定のサービス提供を禁止する」米大統領令と、その「特定のサービス」を具体的に定めた5月8日の米財務省外国資産管理室(OFAC)が発表した決定である。
デラウェア州における登録代理人のサービスは明らかに禁止対象となるサービスに該当するのだが、ここでもう一つ問題となったのは禁止対象となる「ロシア人」の定義である。
5月8日財務省が公表した対ロシア制裁に関するQ&Aには「ロシア人」の要件が簡潔に定義されている。
“Russian person” to mean an individual who is a citizen or national of the Russian Federation, or an entity organized under the laws of the Russian Federation.”
(出所:https://home.treasury.gov/policy-issues/financial-sanctions/faqs/1034)
米国では米国市民(citizen)つまり米国パスポートを持っている人と「national」つまり居住権(グリーンカード)を持っている人の区別は厳密である。
ただ、ロシア人について同様の厳密な区別があるのか筆者にはよく分からない。
しかし、米国籍はもちろん米国居住権すら持たない、ロシア国内在住のロシア人起業家が「ロシア人」ではないと認められる可能性が限りなく低いことは理解できる。
かくしてデラウェア州の登録代理人はロシア企業に対するサービス提供を停止、デラウェア法人を設立・維持することが不可能となった。
とはいえ、登録代理人が機能しないことには会社の移転や閉鎖もままならない。
ロシア人起業家たちは、ロシア国外に居住してロシア以外の国での居住権を得ることで制裁回避を試みているが、デラウェア州政府の対応は依然厳しい。
(ロシア国籍であることは変わらないためだろうか)
ロシア企業は経営陣に米国籍の人間を加えるとか、さらには大株主からロシア人を排除するとか、制裁回避のためにあらゆる手段を試みている。
しかし、これまでのところ成果は芳しくない。
米国のベンチャー産業を支えているのは世界各国から集まってくるベンチャー精神にあふれた起業家たちであることは論をまたない。
その中には少なくない数のロシア人起業家も含まれている。グーグルのファウンダーの一人、セルゲイ・ブリンはその筆頭であろう。
では米国政府のロシア起業家に対する今回の制裁措置はどういった効果を狙ったものだろうか。
米国での事業展開を目指していたロシア起業家がそれを断念することは確かであろう。
しかし、それによってロシア国内での反戦・厭戦ムードが高まり、プーチン政権交代、ウクライナとの紛争が解決すると考えているなら、あまりにも楽観的である。
米国での起業を考えるロシア人の数、その発言力はクレムリンからみれば物の数ではない。
米国当局は2014年のクリミア紛争以来、幾度も連発してきた対ロシア経済制裁が不発とは言わずとも、少なくとも期待する効果を発揮してこなかった事実を無視しているとしか思えない。
しかも米国で花開いたかもしれない第2のグーグルを逃した可能性もある。
しかもそれが米国の友好国ではない国々で花開いたとしたら、米国が効果の薄い経済制裁の見返りに失ったものはあまりにも大きい。
他方、欧州に目を転じるとウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領のワシントンポスト紙への発言に呼応する形でロシア人に対するシェンゲンビザの発給を停止せよとの議論が盛り上がっている。
シェンゲンビザとはシェンゲン協定に加盟する欧州26か国(英国を除くほとんどの欧州主要国)の1か国でビザを取得すれば、加盟国内は自由に短期滞在できるビザである。
特にロシアと陸路でつながり他のヨーロッパへの発着点となる(現在、ロシアからヨーロッパへの直行便はストップしている)バルト3国、反ロシア色の強いポーランドやチェコがロシア人へのシェンゲンビザ発給に制限を設けている。
しかし、多くのロシア人観光客を受け入れてきたギリシア、イタリア、スペイン、フランス、スイスなどは事態を静観している。
かつては上顧客であったロシアの超富裕層や政府高官は、既に制裁対象リストに加えられているので訪問を期待すべくもない。
とはいえ2年間のコロナ禍の後だけに、数と客単価が減ってもロシア人観光客を受け入れたいというのが本音であろう。
またビザ発給を停止したことで、ただでさえ細っているロシアからの天然ガス供給を止められるようなことになれば、エネルギー価格が暴騰し国内政治問題になりかねない。
このように米国に比べて弱腰が目立つ欧州各国であるが、一般のロシア人の移動を制限したところで象徴的なアピールにはなっても、直接的な戦争の抑止力にはならないことは明らかである。
欧米諸国、日本も含め、無意味な戦争を少しでも早く終わらせるために、そろそろ経済制裁に代わる有効な手段を考え直す時期に来ているのではないだろうか。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 西側とロシアが核戦争に突入する引き金は何か?
[関連記事]
(出典 news.nicovideo.jp)
コメント
コメントする