誤算だった。

■ロシア軍の過大評価とウクライナ軍の過小評価

ウクライナ紛争をきっかけにアメリカでは、米政府の情報部門が中国の軍事力を正確に評価できていないとする指摘が出はじめた。中国人民解放軍は、アメリカの諜報(ちょうほう)機関が想定しているよりもはるかに強大なのだろうか。

ロシア軍に関する分析に目を向ければ、いまでこそウクライナ東部で攻撃を強めつつあるロシア軍だが、侵攻当初は「世界第2位の軍隊」ともてはやされた同軍が驚くほど弱かったとして話題を集めた。同時に、アメリカをはじめとする欧米諸国はウクライナ側の戦力についても正当に評価できておらず、即時敗退との予測が濃厚であった。

米政治専門サイトの「ポリティコ」は、ロシア軍の過大評価とウクライナ軍の過小評価という失態が重なった結果、米諜報機関への信頼が揺らいでいると指摘する。両軍の戦力と戦意を適切に情報収集できていたのであれば、戦況の行方を大きく見誤る事態は防げたとの指摘だ。

■「キーウは3、4日間で陥落し、戦争は2週間で終わる」

アメリカの代表的な情報部門としては、国家情報長官直属の中央情報局(CIA)、および国防総省が管轄する国防情報局(DIA)がある。加えて各省庁や軍なども情報部門を抱えている。これら組織からの情報を大統領の諮問機関である国家情報会議が統括し、複数の報告書にまとめられるという流れだ。しかし、その精度が問題となっている。

今年初めに開かれた連邦議会の公聴会でアンガス・キング上院議員は、「われわれ(米国)は……(中略)……ウクライナの戦意を過小評価した」と認めた。議員はさらに、「われわれは、キーウが3日間ないし4日間で陥落し、戦争は2週間で終わるとの情報を得ていた。ひどい間違いであったことが明らかになった」と指摘している。

数時間から数日で政権崩壊するとの誤った予測は、NATO北大西洋条約機構)加盟国が当初ウクライナへの武器提供をためらった原因になったともされる。不正確な状況分析がなければ、ウクライナは現時点での状況を超えて善戦していた可能性がある。正確な軍事力分析の重要性を物語る一件となった。

■繰り返す過小評価の過ち…アフガン撤退の手痛い失敗

アメリカによる軍事力分析の正確性に疑問が投げかけられたのは、今回が初めてではない。公聴会の場でキング議員は、記憶に新しいアフガン軍の崩壊についても改めて指摘している。米軍は昨年5月から8月にかけ、アフガニスタンからの完全撤退を決行した。この際もタリバン勢力の過小評価という過ちを犯した結果、アフガン軍は撤退とほぼ同時に崩壊を迎えることになる。

発端は2001年に遡(さかのぼ)る。9.11同時多発テロの発生後、当時のブッシュ大統領オサマ・ビンラディン氏を匿(かくま)ったタリバン政権の壊滅をねらい、軍事作戦に踏み切った。目論見(もくろみ)通りタリバン政権は崩壊に至るも、その後も残党がテロを繰り返したため、これと戦うアフガニスタン政府軍を支援する目的で米軍は現地への駐留を継続していた。2021年になってバイデン大統領は、「米史上最長の戦争」ともいわれるこの軍事作戦の幕引きを図り、米軍の完全撤退を指示する。

だが、撤退完了まで2週間となった同年8月15日には早くも、タリバンアフガニスタン掌握を許す失態を演じる。英BBCが同年9月に報じたところによると、米軍トップフランクマッケンジー中央軍司令官は、撤退がアフガンの政府と軍に「非常に有害な影響」を与えたと認めた。

この大誤算も、米諜報部門によるタリバン能力の過小評価が招いた惨事だといえる。両陣営の戦力と戦意を正しく分析できていたならば、米諜報機関は米軍撤退後すぐのアフガン軍崩壊を予見できていたはずだ。

リティコは、今年春のウクライナ情勢に対する分析不足と合わせ、わずか1年間のうちに2度も重大な予測ミスを犯したと指摘し、米諜報網は重大な局面において不確実であると嘆く。

■米国で「中国脅威論」が再燃する事情

昨今の台湾情勢を受け、予測を外し続ける米諜報網に対して新たな懸念が浮かんでいる。果たして中国の脅威は正しく分析できているのかという疑念だ。

有力軍事サイト『グローバル・ファイアパワー』は中国軍について、アメリカロシアに次ぐ世界第3位の軍事力だと分析している。同サイトは複数の指標に基づき「パワーインデックス」を算出している。3位中国は、5位日本のダブルスコア以上の戦闘力をもつとの分析だ。

リティコは次のように述べ、中国が想定よりも強大である可能性を論じている。

ロシアウクライナの軍隊が現在の戦争の初期段階においていかに振る舞うかを正確に予想できなかったアメリカの失敗は、中国というますます強大になっている敵と戦ううえで、アメリカが大きな盲点を抱えているのではないかという恐怖を米政府内であおっている」

予想よりも強大である可能性を念頭に、再評価を行うべきだと同誌は主張している。

実際、昨年8月に中国が極超音速ミサイルを射出した際、アメリカ側の諜報網はこの前兆をまったく把握できていなかった。英フィナンシャルタイムズ紙は、「中国は8月、核搭載能力をもつ極超音速ミサイルの打ち上げ試験を実施した。地球を一周し、目標到達前に加速している。宇宙空間での高度な能力を示すものであり、米諜報機関に不意打ちを喰(く)らわせた」と解説している。

■「楽観論に流された」米下院委員会が認めた情報の不備

中国の軍事力を正しく分析できていないというおそれは、米下院委員会も認めるに至っている。ポリティコによると、米下院の情報委員会は昨年9月、アメリカ諜報機関は中国の脅威に対応できないと結論づける報告書を発表した。

その報告書によると、従来から楽観論として、中国の成熟に伴い民主化が促進されるとの読みが蔓延(まんえん)していたという。そして、アメリカの各種情報機関がこの誤った予測を採用した結果、「中国共産党の最重要目標である権力の保持と拡大から、偵察機関の目をくらませた」と分析している。

中国に対する監視リソースが不足した背景に、中東への偏重がある。国防情報局やCIAなどがアラビア語話者とテロ専門家の採用・育成に力を入れる一方、汎用(はんよう)的な分析力をもつ冷戦時代の経験豊富な分析官が次々と引退している。

シンクタンクのハドソン研究所のエズラ・コーエン特別研究員はポリティコに対し、「本心とうわべの脅し、あるいは運用可能な兵器と単なる試作品の違い」を見抜けるだけの、経験豊かな分析官が減ってきていると指摘する。

■「過大評価が武力衝突のリスクを高めている」という反論も

一方でこうした見解とは逆に、中国の軍事能力は過大評価されているとの分析もある。米シンクタンクのクインジー研究所は、アメリカが中国など諸外国の能力を「著しく誇張」して評価してきたと述べ、過大評価により武力衝突のリスクが高まっていると主張している。

6月2日に公開された白書において同研究所は、「中国の軍事能力と軍機密に関する中国指導者らの意図を分析するうえで、脅威の過大評価は大いなる問題である」と指摘した。さらに、権威あるとされるアメリカ側の複数の評価リポートが、一部の例外を除いて頻繁に「不適切な、歪曲された、または不正確な証拠を採用し、極度に誇張された表現を用い、感傷的あるいは非論理的な思考を提示」していると非難する。

中国への恐怖感が前提にあることで、具体的根拠なくさらなる恐怖をあおる報告書が量産されているという。多くの報告書が「真実の客観的な探求よりも、局所的な政治、イデオロギー、もしくは感情的衝動に基づくとみられる大局的な評価に依存している」との指摘だ。

こうした傾向により、台湾問題や南シナ海の安全保障問題はゼロサムゲームの性質を帯びた武力解決へと傾倒しがちとなり、穏健化への機会が閉ざされると白書は主張している。解決策として同研究所は、中国軍の過大評価から脱却し、事実に基づく客観的な分析に転換するよう提案している。

米クインジー研究所は、アメリカの政治介入が「終わりなき戦争」を招いていると主張し、その終結を掲げる保守派シンクタンクだ。本質的に穏健派という点を差し引いて読み解く必要はあるものの、一定の筋の通った主張ではある。

■脚光を浴びた民間の調査報道グループの手法

仮想敵国の秘密に迫る諜報活動は、過大評価にせよ過小評価にせよ、不正確な推論に陥りやすい。そこで、客観的かつ有効な手法として注目されているのが、OSINT(オシント:Open Source Intelligence)と呼ばれる分析手法だ。

「公開情報調査」とも訳されるこの手法は、一般に公開されている報道、商用衛星写真、ソーシャルメディアなどから関連情報を大量に収集し、それを読み解くことで秘匿されている事実に迫る。

この手法はロシアウクライナ情勢をめぐり、調査報道グループ「ベリングキャット」が多用し成果を挙げたことでも一躍有名となった。同グループは衛星写真やウクライナ市民がツイッターに投稿した被弾現場の写真などを解析し、ロシア軍が非人道兵器のクラスター弾を使用し戦争犯罪を行った証拠を収集・公開している。

ワシントン・エグザミナー誌は5月、このOSINTを米諜報機関も採用すべきだと促す記事を掲載した。記事は、OSINTによる民間の情報戦が熾烈(しれつ)になった現在、「もはや諜報機関明らかに、政策立案者たちにとって唯一あるいは最もタイムリーな情報源ではなくなった」と厳しく指摘する。

リングキャットは過去にもOSINTを活用し、ロシア野党指導者の暗殺未遂疑惑など数々の事件を扱い、諜報機関を上回る成果を挙げている。ワシントン・エグザミナー誌は、すでに起こった事件の分析のみならず、ネット上に溢れる民意の変化を読み解くことで軍事的動向の予測に反映できるのではないかと提言している。

■不確実な情報が台湾有事のリスクを高める

中国・台湾間の衝突が懸念されるいま、中国軍の軍事力と戦意の正確な把握は重要な課題だ。仮に中国側が台湾への武力侵攻に及んだならば、日本を含む周辺諸国への影響は避けられない。こうした地域には台湾侵攻に介入するであろう米軍の基地が存在することから、中国による直接攻撃の対象となるおそれがある。

ウクライナ侵攻におけるロシアの例を鑑みるならば、世界第3位の軍隊とされる中国人民解放軍が、蓋(ふた)を開けてみれば想定よりも粗末な戦いを演じる可能性はあるだろう。戦況予測には戦力と戦意の両面を考慮する必要があるが、特に戦意の高さについては定量的な評価が困難だ。

ロシア軍ウクライナ人への攻撃を躊躇(ためら)う理由の一つとして、おなじスラブ系民族であることが指摘されている。同様の原理が中台間にも適用されるのであれば、台湾侵攻に対し中国兵が抵抗感をおぼえてもおかしくはない。

他方、兵器開発という観点では、中国の脅威を過小評価すべきでないことも事実だ。極超音速ミサイルの開発はアメリカの情報網をもってしても把握できず、完全に出し抜かれる格好となった。ミサイルの試験発射は昨夏の出来事だが、1年近くが経過したいま、さらなる先進兵器の開発が中国国内において、世界の預かり知らぬところで進められていても不思議でない。

いずれにせよアメリカでは議員やアナリストたちが、中国軍の能力を再評価せよとの声を日増しに高めている。それは米情報機関に対する不信感のあらわれだろう。アフガンウクライナと予測を大きく外してきた情報網だが、中国情勢を正確に読み解くことができるのか、分析の精度に厳しい目が向けられている。

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青葉 やまとあおばやまと
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューウィーク日本版』などで執筆中。

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5月9日の「対ドイツ戦勝記念日」を前に、軍事パレードの予行演習を行うロシア軍(ロシア・モスクワ「赤の広場」) - 写真=EPA/時事通信フォト


(出典 news.nicovideo.jp)

kuni

kuni

ウクライナバブルに乗っかった素人の戦争評はいらないんだけどな。アメリカは侵攻タイミングについては誤差1週間程度の精度で的中させている。そのあとも従来の戦争ではありえなかった情報の逐次開示で世界世論をウクライナ有利に誘導したりしてる。逆にロシアは司令官を置かずに多正面作戦を展開したりと常識ではありえない侵攻を繰り返した。

kuni

kuni

これらの積み重ねが侵攻序盤でのロシア軍の劣勢を生んだに過ぎない。逆に軍を終結させたセベロドネツクではウクライナ軍を押し戻している。戦略のミス=ロシアの過大評価と断ずるのはまだ早いしそれこそが過小評価だろう。

Ricker

Ricker

過大評価自体は過小評価するよりは対応の可否を考えれば悪くは無い、想定よりロシアが弱かったのは国際社会も驚いた事。侵攻は無いとマスコミは言い米国は侵攻があると寸前まで言ってた、当然自分も侵攻など無いと笑っていたが実際は侵攻が起きた。不確実な情報垂れ流したマスコミに向けられる疑念に対してマスコミは反省が無いよな。

age-s

age-s

過大評価というか「これを本当にプーチンがやってるなら」だろう。傍から見てて手抜きすぎだ

エビ

エビ

ロシア軍が侵略開始したらウクライナ全土がすぐに陥落すると想定していたのならそれは明らかな過大評価だし、ウクライナ軍への過小評価だな。最近日本の海にも中ロの軍艦がうろついてるからな。日本もそうなるかも知れん。そこだけは肝に命じておかねば。