ミンスク合意を実行できないのも、ロシア側は分かっていたと思いますが・・・

ロシアプーチン大統領は、なぜウクライナ侵攻を決断したのか。ビジネスブレークスルー大学学長の大前研一さんは「ゼレンスキー大統領は、対ロシア外交で致命的なミスを犯した。プーチン氏からすれば、ゼレンスキー氏こそが『紛争の種を蒔いた張本人』という気持ちだろう」という――。

※本稿は、大前研一『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■西側諸国はゼレンスキー大統領を英雄視するが…

ロシアの軍事侵攻が始まって以来、首都キーウキエフ)にとどまって、連日悲痛な顔で徹底抗戦の意志を発信し続けるウクライナウォロディミル・ゼレンスキー大統領の姿を、西側メディアは英雄であるかのように報じている。また、多くの西側諸国において、ゼレンスキー氏に議会でオンライン演説をさせて、拍手喝采で迎えている。

だが、プーチン大統領になり代わって“ロシア脳”で考えてみると、ゼレンスキー氏は決して英雄ではない。むしろ、彼こそが今回の紛争の種を蒔いた張本人だと言っていい。

実際、彼がウクライナ大統領でなければ、プーチン氏も国境を越えて自国の軍隊を送り込むなどという暴挙に出ることはなかっただろう。

■低迷する支持率対策で「NATOとEU入り」を表明

ソ連崩壊により1991年に独立を果たしたウクライナでは、レオニード・クチマ、ヴィクトル・ユシチェンコ、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチユーリヤ・ティモシェンコなど、国民のことよりも自身の保身と蓄財に熱心な人間ばかりが大統領や首相に就いてきたという歴史がある。そういう意味ではゼレンスキー氏にかぎらず、ウクライナはもともと政治家恵まれていない国であると言える。

よく知られているように、ゼレンスキー氏の前職はコメディアンだ。あるとき、彼は『国民の僕』という政治風刺ドラマで、後に大統領になってしまう歴史教師の役を演じた。これが大ヒットすると、勢いでドラマタイトルと同じ「国民の僕」という政党をつくって党首となり、2019年大統領選に出馬したところ、70%を超える票を獲得して当選してしまったのである。

ところが、実際に大統領に就任すると、政治家としては素人なので当たり前だが、内政でも外交でも失策が続き、支持率はたちまち20%台にまで急落してしまった。

そこでゼレンスキー氏は起死回生の策として、ウクライナをEU(欧州連合)とNATO北大西洋条約機構)のメンバーに入れると言い出したのである。

これは効果てきめんだった。なぜなら、NATOはともかく、EU加盟はウクライナ人にとってメリットが大きいからだ。

■EUのパスポートさえあれば、国外で就職できる

ウクライナ国内で連日ロシアとの激しい戦闘が続く中、メディアの前に登場するウクライナ人は、軍人、民間人にかかわらず、誰もがウクライナという自分の祖国を心から愛しているように見える。戦時下において愛国心が高揚するのは自然なことだ。

だが、私はロシアだけでなく、ウクライナにも何度も足を運んでいるが、これまで「何があってもこの国に骨を埋めたい」というような愛国者に出会ったことがなかった。

自国の政治家に期待できないこともあって、多くのウクライナ人、とくに30~40代の働き盛りの人々は、ウクライナを出て外国で仕事をしたいと思っている。みな必死に勉強して、ビジネスコミュニケーションに必要な英語と、ITや理系の高度なスキルを身につけ、それらを武器に脱出を図ろうとしているのだ。同様の傾向は、同じ元ソ連構成国である隣国のベラルーシでも見られる。

だから、ゼレンスキー氏が本当にEU加盟を実現させてくれるのであれば、ウクライナ人にとってこんなにありがたいことはないのだ。EUのパスポートを持っていれば、シェンゲン協定によって、EU域内を自由に移動することができる。また、ヨーロッパ中での就職も可能になるからである。

■“旧ソ連国”が次々にロシアを離れていってしまう

ただし、EUに入るには厳しい基準をクリアし、さらに現加盟27カ国すべてに承認されなければならない。ハードルが高いため、非常に時間がかかるのが通例だ。現時点で最も新しいメンバークロアチアも、2013年7月に加盟が認められるまで10年かかっている。

しかも、現在はまだトルコ北マケドニアモンテネグロセルビアアルバニアが順番を待っている状況であり、ウクライナの加盟が認められるにしても、ずっと先にならざるを得ない。

そう考えると、ゼレンスキー氏のEU加盟宣言は、実は極めて実現性の低い口約束だったのだが、それでもウクライナ国民はこれを歓迎したのである。

しかし、ロシアプーチン大統領にとってみれば、このゼレンスキー氏のEUやNATO入り発言には、絶対に見過ごすわけにはいかない理由がある。

1991年12月のソ連崩壊前後、連邦を構成してきた14の国(リトアニアラトビアエストニアウクライナウズベキスタンカザフスタンベラルーシアゼルバイジャンジョージアタジキスタンモルドバキルギストルクメニスタンアルメニア)が次々に独立した。

そして、2000年代には旧ソ連構成国のエストニアラトビアリトアニア、および衛星国だった東欧のチェコハンガリーポーランドスロバキアブルガリアルーマニアが厳しい条件をクリアして、相次いでEUに加盟した。

こうして旧ワルシャワ条約機構の国々は、次々に自由主義陣営に取り込まれて、今やベラルーシウクライナを残すだけになってしまった。

■「ロシアの生みの親」にプーチン氏は怒り心頭

ベラルーシは、独立以来、親ロシア派のアレクサンドル・ルカシェンコ氏が30年近く大統領を務めている。同国は1992年に発足したロシア旧ソ連構成国のアルメニアキルギスカザフスタンタジキスタンからなる軍事同盟「CSTO(集団安全保障条約機構)」の一員であり、1999年には両国の政治、経済、安全保障などを段階的に統合するロシアベラルーシ連合国家創設条約も締結するなど、ロシアとほぼ一体化していると言っていい。

一方、ウクライナの歴史を紐解くと、ロシアとの関わりはベラルーシよりも深いことがわかる。現在のウクライナの首都キーウは、9世紀から13世紀にかけて存在したキエフ大公国の首都だった。そして、ロシア人のほとんどが信仰しているロシア正教は、キエフ大公国正教会から派生したと言われている。つまり、ロシアにとってウクライナは、親のような存在なのだ。

ウクライナはソ連からの独立後、ロシア寄りと欧米寄りの政権が交互に入れ替わりながら、ロシアを刺激しないように中立を保っていた。ところが、ゼレンスキー大統領は、「自分たちはEUにもNATOにも入る」と宣言してしまった。ロシアプーチン大統領からすると「親子なのにどういうつもりだ」と、ゼレンスキー氏の態度に怒り心頭だったであろうことは想像に難くない。

しかも、ウクライナNATOに加盟した結果として、ロシアとの国境近くにミサイルが配備されると、モスクワまで約700キロメートルしかないのだ。

■かつての勢力圏が西側にどんどん削り取られている

ロシアという国は広大な国土を持つ大国であるが、逆に言えば16もの国々と国境線を持ち、何度も侵略されてきた歴史を持つ。

有名なところでは、帝政ロシア時代の1812年に起こったナポレオンロシア遠征、第二次世界大戦におけるナチスドイツの侵攻(独ソ戦)が挙げられる。第二次世界大戦でソ連は戦勝国であるにもかかわらず、敗戦国日本の死者数約300万人の9倍にあたる約2700万人もの死者を出している(※諸説あり)。ロシアでは、前者は「祖国戦争」、後者は「大祖国戦争」と呼ばれており、国土を脅かされることは極めてナーバスな問題なのである。

このような歴史的経緯もあり、ソ連は冷戦期に東欧諸国を支配下において、NATOとの緩衝地帯としてきた。しかし、冷戦が終結して、東欧諸国がEUやNATOに次々と加入したほか、かつてのソ連構成国も独立を果たした。ソ連を引き継いだロシアとしては、かつての勢力圏が西側にどんどん削り取られているという危機感があるのだ。

だから、ロシアとしてはウクライナベラルーシを緩衝地帯とするために、NATOへの加入を絶対に阻止したいのである。国防上、ゼレンスキー氏の発言を許すわけにはいかなかったのである。

ウクライナ侵攻から2カ月余りが過ぎた2022年5月9日の戦勝記念日の式典で、プーチン氏はゼレンスキー政権を反ロシアの「ネオナチ」と決めつけ、NATOに対してもウクライナを支援していると侵攻を正当化したが、背景にはこのような事情があるのだ。

■プーチン氏の逆鱗に触れたゼレンスキー大統領のミス

ゼレンスキー氏はもうひとつ、ウクライナ大統領として致命的なミスを犯した。プーチン氏が絶対に触れてほしくない核問題に踏み込んでしまったのだ。

ウクライナ旧ソ連における核開発基地だったため、ソ連解体後も大量の核が残されていた。しかし、独立国家となったウクライナが核を保有し続けることを、国際社会は認めなかった。

そこで、1994年12月ハンガリーの首都ブダペストで開催されたOSCE(欧州安全保障協力機構)会議で、「ウクライナベラルーシカザフスタンとともにNPT(核拡散防止条約)に加盟すれば、協定署名国がこの3国に安全保障を提供する」という内容の覚書(ブダペスト覚書)に、アメリカロシアイギリスが署名したのである。このブダペスト覚書によって、ウクライナは非核兵器国となった。

ところが、ゼレンスキー氏は自身の支持率回復を狙うために、「ロシアによるクリミア併合のようなことがウクライナに起こるのは、自分たちに核がないからだ」と、ブダペスト覚書に異議を唱えるような発言をし始めた。

■なぜ真っ先にチェルノブイリ原発を占領したのか

これはロシアにとって大問題だ。なにしろウクライナは核開発のノウハウを持っており、優秀な技術者も多数有しているので、その気になれば、実際に核を保有できてしまうのである。

このような事情で、今回のウクライナへの武力侵攻で、プーチン氏は真っ先にチョルノービリチェルノブイリ)原発を占領させたのだ。チョルノービリ1986年4月の原発事故以来、すでに機能していない。しかしながら、使用済み核燃料が保管されている。言い方を換えれば、チョルノービリには、核兵器の材料となるプルトニウムが山のようにあるのだ。ロシアとしては、ウクライナ核兵器をつくらせないために、これを押さえる必要があったのである。

ロシア軍はさらに、ウクライナ南東部に位置するザポリージャ(ザポロージェ)原発を占拠し、その西にある南ウクライナ原発にも迫っている。おそらくウクライナ国内で稼働中の15基すべての原発が標的になっていると思われる。

■ウクライナ全域のブラックアウトは避けられない

加えてプーチン氏はここにきて、証拠も示さぬまま、「ウクライナが放射性物質を拡散するダーティーボム(汚い爆弾)を開発している」という主張も始めた。

また、ウクライナ2014年に発生した「ロシアウクライナ紛争」以来、東部の石炭産出ができなくなり、さらにロシアに頼っていた天然ガスも不払いなどを理由にしばしば止められるようになったため、電力供給の原子力発電に対する依存割合が年々増し、現在は6割弱を原子力発電でまかなっている。ウクライナフランススロバキアに次ぐ原子力発電依存国なのだ。

したがって、ロシアウクライナの原子炉15基をすべて押さえて停止させたら、ウクライナ全域がブラックアウトして、工場も操業できなくなる。つまり、工業を全部乗っ取ることができる。そうしたら、さすがのウクライナもへたってしまうだろう。

だが、どんな理屈で自分たちの行為を正当化しようと、原発に対する攻撃だけは許されるものではないし、絶対に許してはならない。

■「ミンスク合意の破棄」で堪忍袋の緒が切れた

以上のように「我々はEUとNATOに入る、核も持ちたい」と平然と口にするウクライナゼレンスキー大統領に対し、ロシアプーチン大統領はかなり立腹していたに違いない。そして、ゼレンスキー氏が次にとった態度で、プーチン氏は完全に堪忍袋の緒が切れた。ミンスク合意の破棄だ。

2014年3月、ロシアウクライナ南部のクリミア半島を併合した後、親ロシア派武装勢力がウクライナ東部のドネツクルハンスクルガンスク)2州の一部地域を占拠したことで、紛争が勃発した。翌2015年2月、ロシアウクライナドイツフランス4カ国の首脳が、ベラルーシの首都ミンスクで会談を行い、なんとか停戦合意がまとまった。これがミンスク合意である。

この合意の中には、「ウクライナ東部親ロシア地域に『特別な地位』を与える恒久法の採択」という項目がある。ドネツクルガンスクの東部2州の住民は、ロシア系が約4割を占める。そのロシア系の多い東側の地域(ロシア系が7割に達すると言われている)に、ウクライナは「自治権」という特別な地位を与えることになっていたのだ。

■「非はゼレンスキーにある」というロシア側の理屈がある

ところが、自国の東部地域をロシアに実効支配されるのを恐れたウクライナは、ロシアからミンスク合意の履行を迫られても、なかなか実行しようとしなかった。国連安保理も2015年にミンスク合意の履行を求める決議を全会一致で承認していた。

しかし、2019年大統領に就任したゼレンスキー氏は、そんなことはおかまいなしに、国内世論を意識して「東部2州に『特別な地位』を与えるつもりはない」と、堂々と口にし始めたのである。

そこでプーチン氏は今回、強硬手段に出た。2022年2月15日ロシア下院が「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を国家として承認するようプーチン氏に求める決議を賛成多数で採択すると、同2月21日プーチン氏は先の2国を独立国家として承認する大統領令に署名、同時にこれらの地域を守るために軍の派遣を指示したのだ。

「非はあくまでミンスク合意を履行しないゼレンスキーにある」というのが、プーチン氏の主張なのである。ロシア脳で考えるとそうなるのだ。

■プーチン氏と良好だったメルケル首相は何を思う

ドイツの首相が現在のオーラフ・ショルツ氏ではなく、2021年12月に退任したアンゲラ・メルケル氏であれば、今回のロシアウクライナ軍事侵攻は防げたのではないかという見方もあるようだ。

確かにメルケル氏は首相在職中、プーチン氏と非常に良好な関係を築いており、彼の性格もよくわかっていたはずだ。また、ミンスク合意を締結したときの当事者の一人でもある。そう考えると、もし彼女がドイツの首相のままであれば、プーチン氏ではなくゼレンスキー氏に対して、ミンスク合意の履行を強く迫ったのではないだろうか。そして、彼女ならそれができたはずだ。

そのメルケル氏はロシアの軍事侵攻以後、ずっと沈黙を守っている。やはり忸怩たるものがあるのだろう。

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大前 研一(おおまえ・けんいち
ビジネスブレークスルー大学学長
1943年生まれ。早稲田大学工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号取得、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し日本支社長などを経て、現在、ビジネスブレークスルー大学学長を務める。近著に『日本の論点 2022〜23』(プレジデント社)など著書多数。

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ウクライナのゼレンスキー大統領(=2022年5月31日、ウクライナ・キーウ) - 写真=EPA/時事通信フォト


(出典 news.nicovideo.jp)

もっぷ

もっぷ

英雄かどうかなんて些末な事だしそれこそ後の歴史家の領分なのに、なぜ一々貶めないと気が済まないのか。

abababa

abababa

タイトルから漂ってくるプレオン臭

ryon2_M

ryon2_M

これって、日本に例えると岸田は習近平の思惑を汲んで政治しろって言ってるようなもんだよね。ふざけんな。

風見ケイ

風見ケイ

古今東西、「敵側にとっての理屈」が存在しなかったことなどありません。悪の権化のように言われるナチスですら、侵攻を正当化する理屈はありました。それをもって言うのであれば『あらゆる戦争に英雄など存在しない』が論理的帰結になりますね。私は、侵略ではなく防衛側に立ち、国民を鼓舞し侵略軍に抗する指導者は英雄の名に値すると思っていますが。

siva

siva

ウクライナは、ロシアからミンスク合意の履行を迫られても、なかなか実行しようとしなかった。国連安保理も2015年にミンスク合意の履行を求める決議を全会一致で承認していた。 しかし、2019年に大統領に就任したゼレンスキー氏は、そんなことはおかまいなしに、国内世論を意識して「東部2州に『特別な地位』を与えるつもりはない」と、堂々と口にし始めたのである。←事実

siva

siva

ゼレンスキーの「ミンスク合意の破棄」は、習近平の「香港の一国二制度の破棄」と、国際公約の破棄ということで同等である。

風見ケイ

風見ケイ

大体、外敵からの侵略でなく内部から国家が崩壊するとかいうブザマを晒しておきながら、今更その旧ソ連圏の復活を力づくで行おうとしているロシア(=プーチン氏)の言い分に正当性があるとは思えませんけどね。ウクライナは文化的にはロシアの親のような存在でしょうが、文化の伝播からすれば西側とより繋がりが深いのも当然ですし、そもそも社会主義はその文化に含まれておりません。

ゲスト

ゲスト

未だにいじめた方ではなくいじめられる方に問題があるって言うやついんのな

虹色きなこ

虹色きなこ

かの国はナチスの亡霊と戦ってる筈だが・・・真っ赤なウソって事か?

べるべる

べるべる

ロシアの退役大将でさえプーチンのやり方がまずいからウクライナを追い詰めたって批判してんのに大前ときたら…

hinode

hinode

この人、以前は日経の紙面で中国投資を煽りまくっていたのは覚えている。

himat

himat

プレオンですか